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神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン

シタマチコウベ

Shitamachibudie

vol.39

漁師|糸谷謙一さんにまつわる4つのこと

山や田畑に思いを馳せつつ、目の前の海を守る

2021.04.18

今回お話を伺ったのは、和田岬沿岸部と兵庫運河を拠点に活動をしている漁師の糸谷謙一さん。糸谷さんが所属する兵庫漁業共同組合は日本で初めてできた漁業組合で、主に船曳き網漁という漁法を用いてシラスやイカナゴなどを水揚げしています。高松出身の祖父に始まり、糸谷さんは3代目の漁師。和田岬は大輪田泊の時代から良港として知られていますが、実は漁場としても豊かなエリアなのだそう。しかし近年、漁獲量は減少傾向に。地元の春の風物詩でもあるイカナゴもほとんど獲れなくなっています。今回は、大阪湾に面する和田岬沿岸部の漁場で紡がれてきた歴史と、漁師さんたちが今、何を考え、これから何に取り組むべきなのか、糸谷さんの思いをお聞きしました。

文:山森彩 写真:岩本順平

 

和田岬沿岸部は豊かな漁場

大阪湾の中でも和田岬周辺は、魚の餌となるプランクトンが多く発生するエリアなんです。明石海峡から流れてくる潮と、六甲山脈から流れてくる水がぶつかりあうことで、プランクトンが生じやすくなります。六甲山から流れてくる水はミネラルが豊富なので、プランクトンは栄養のある餌に恵まれ、さらにそれを食べる魚も良質になるんです。しかし、昨今、魚獲量は減少傾向にあります。まず甲殻類が獲れにくくなっていて、これからはタコやイカ、アジやカマスなんかも減っていくのではないかと言われています。理由は様々なことが考えられますが、小魚の餌となる動物プランクトンが減少し、生態系が乱れていることが大きな一因となっています。動物プランクトンとは干潟や砂浜の中にいるバクテリア、それにゴカイやアサリの赤ちゃんなどを指しますが、大阪湾の護岸工事が進んだことで、天然の岩礁や干潟がなくなり、そこに生息していた動物プランクトンの数が減ってしまったんです。さらにひいた視点で見ると、それによって食物連鎖のバランスが崩れてしまっている。魚を取り戻すためには生態系の改善が必須。そこで、神戸の海に干潟を取り戻してはどうだろうと考えたんです。その活動の1つが、2020年に材木町にできた「神戸港の護岸整備工事によってでた廃材を再利用した人工干潟」の取り組みです。護岸などの工事は治水のために絶対に必要で、なくすことはできません。ただ、人の利便性や安全性を高めると同時に、自然の海の豊かさも守っていくことが必要です。そのための試みとして、工事で発生した廃材を再利用し干潟をつくった日本でも先進的な事例となりました。

 

 

都会の漁師の宿命と使命

神戸で船曳き網漁がはじまったのは、祖父の代の1960年代頃。それまでも底曳網漁などをしていたけれど、「この先ずっと同じ魚が獲れるのか」と将来を危惧した人たちが、時代の先を見て新しい手法を編み出していったんです。また、大阪湾の漁業者の宿命といえば港湾法との共存。神戸港が近いので、海の安全上の問題で僕たちは養殖ができないんです。だから、海で魚が獲れなくなってきつつある今、陸上養殖や食育を絡めた観光漁業の展開も視野に入れています。そして、漁師が今、最も考えないといけないのは、環境問題とどう向き合っていくのか。その第一歩として、兵庫漁業共同組合内に環境保全や生態について学ぶための「水産研究会」を立ち上げました。兵庫運河沿いで養殖の実験をしていて、「北の椅子と」の前にできた砂浜ではなんと天然のアサリが育つようになったんです。また、研究会では2015年から浜山小学校で環境学習の授業を担当していて、子どもたちがアサリの観察を通して海に住む生き物や生態系を学ぶ機会をつくっています。6月にアサリの赤ちゃんをネットに入れて砂浜に置いておくんです。そして11月に取り出した時にネットの中でどんな変化が起きているのかを観察します。アサリが大きくなったり増えたり、牡蠣やゴカイなど他のいきものが仲間入りしていたり。兵庫運河で育つ生き物が増えて、いつか子どもたちが潮干狩りをできるくらいにまでなればいいなと思っています。

 

 

海を守るために、米を食べよう!?

小学校では水産業の話をさせてもらうチャンスもいただきました。ほとんどの子供たちはスーパーで売っている魚介類しか知らないし、それらは遠くからやってくるものだと思っている。けれど、神戸には漁師がいて地元の海で育った魚介類を食べられる環境だと言うことを知って欲しいんです。「僕が海を守るんだ、環境を変えるんだ」と思える子が育ってくれて、将来の漁業の担い手が誕生したらそんな嬉しいことはありません。地産地消と一口に言っても、海を守ればいいだけでないんです。さっき、六甲山脈から流れてくる水が、大阪湾をいい漁場にしていると言いました。そもそも、この六甲山脈の水はどこからきているかと言うと、いわゆる裏六甲と呼ばれる農村エリアから流れてきます。大地は繋がっていますから、農村の田んぼで米を作ることが大地の肥やしになって、山を超えて海に流れてくるんです。これは、神戸大学名誉教授の保田茂先生に教えていただいた話です。「米を食べることが、あなたたちが海を守れる方法だよ」と言う保田先生の言葉が衝撃的でした。

 

 

魚を絶やさない、新しい仕組みを作りたい

船曳き網漁は、海に網を投げ入れて2艘の船で引き回すので、網が海底環境を傷つけてしまったり、目的としていない生き物をとってしまったり、海底の生態系にダメージを与えてしまうこともあります。また、三艘一組で漁を行うため使用する燃料が多く、環境への負荷が高いんです。でも、漁師が生活を維持するためには必要な仕事でもある。だからせめて環境を守るために考え、行動しないと。そのために、大阪湾の船曳網漁は操業時間の制限をかけています。燃料の使用量や漁獲量を減らす努力をしているんです。ただ、驚かれるかもしれませんが、漁獲量が減ったことで、獲れすぎた際に起きていた魚価の暴落を防ぐことができて、結果的に年間の売り上げには影響がありませんでした。そして空いた時間を、漁師が海を守り再生するための活動にあてる。これは僕ら漁師の責務です。また船曵網漁をやっている仲間たちとシラスのブランディングを取り組んでいます。獲る量を減らそうと言っているのに、矛盾しているように感じるかもしれませんが、魚の価値を高めて単価が上がれば、少ない漁で漁業の経営が成り立つんです。仲間たちとそういう仕組みを作りたい。漁師も知識をつけて、海を守るためにやるべきことをやっていかなあかんのです。海の豊かな資源の恩恵をもらっているんですから。山や田畑にも思いを巡らせながら、まん前の海を守ることは、漁師に与えられた使命なんですよ。

兵庫漁業共同組合|理事・漁師
糸谷謙一

1981年生まれ。2000年頃から漁師。兵庫漁業共同組合の理事。組合内に若手で作った水産研究会の会長を務める。昨今では、環境改善を目的に兵庫運河でのアサリやワカメの養殖実験など、海の環境を守るための活動を展開している。

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