文:竹内厚 写真:竹内厚、岩本順平
この「家≒店」企画で訪ねる場所は、だいたい店へ向かう道中から楽しくて。今回は、ノエビアスタジアムと神戸100年記念病院のちょうど裏手あたり、明らかにこのまま進めば行き止まりそうな住宅街へ。
実際、地図で確認すると、JR和田岬線の線路にも遮断されて見事な袋小路ぶり。
とくに案内板はなく、看板が出ているわけでもないので、今日やってるかな〜なんて言いながら道を進むことになる。
目の前まで来ると、逆にしっかりとした店構えに驚かされる。自宅の一角をそのまま開放してるだけの店だったとしても受け入れられるような店までの経路だった。ちなみに営業時間は12時〜16時と短め。
店主の上田善大さん。聞けば、2008年から20年まで元町のカウンター店「コーヒーとお酒 スジャータ」をやっていた方。まちの飲食店地図を大きく塗り替えてしまったコロナ禍によって前の店を閉店?と思いきや、そんな単純な話でもなかった。
まず、こちらの建物。自宅に隣接して建つ戸建てで、2階は上田さんの妻、切り絵作家のトダユカさんのアトリエとして使われている。「隣りの家は言い値でも買えって言うでしょ(笑)」と、空き家になった時に用途を定めずに買ってたのだそう。
2019年にトダさんの自己免疫疾患が発覚。感染リスクを考えれば店をやめるか、家を別にするかという選択の中、「いつも変化したいと思ってるので」とすっぱりとスジャータを閉店。自宅横のこの場所で、あらたな店を再始動させた。
上田さんとトダさん。自宅隣接の店であり、アトリエであり、こうして見てるとリビングのようでもある。ちなみに営業時間が短いのは、子どものお迎えがあるため。3人の子どもがいる。
家族を最優先にした営業形態といえるが、決してアットホームな家族物語を微塵もにじませないのがこちらのいいところ。
「ここで店をやり始めてから気づいたことですけど、これも家事やなと思って。朝、洗濯物を干すように、毎日、淡々とこの店を開けてます。けど、カウンターの端で子どもが宿題してるとかはNG。自分が客やったとしてもそれは好きじゃないので」。
店としての一線がきっちり守られている。店の前にしか看板を出してないのも、誰でも彼でもではなく、いいお客さんに来てほしいから。…と、外が雪模様になってくると「ちょっと洗濯もん、取り入れてきていいですか」と上田さんは隣りに駆けていった。
トダさんの切り絵とデザインによる店のポスター。コーヒーだけでなく、スジャータ時代からかわらずお酒の提供も。
昼営業のみとは思えない、ウイスキーの並び。なお、店内の壁紙やタイル貼り、木製のテーブル、棚などはだいたい上田さん作。
店に飾られてる絵の多くも上田さんの手になるもの。「前の店をやめてから、余暇みたいな時間が増えて。絵描いたり、植物育てたり、すっかり趣味にハマってます」。
店で使っているマグカップは、兵庫区在住のロケットゴールドスターさんのもの。
スジャータ時代にはグラス選びはもちろん、氷を割る形まで定めていたが、「奥さんがこれいいねっていうのをすぐに買う…毎日がサラダ記念日です(笑)」と、いい意味でマイペースな店のあり方になってきた。
ちなみにスジャータだった場所は、常連夫婦によって空間そのままに「ブリコ」という店に引き継がれている。この椅子もスジャータ→ブリコで使われていたが、またこちらに引き取ってきた。「もともとは路上に廃棄されてた椅子なんですけどね」と上田さん。
扱ってるコーヒー豆は、岬の焙煎所、マツモトコーヒー、ビヨンドコーヒーロースターズ、と神戸の名珈琲店3社から。自分で焙煎しない?「もうこれ以上、ぼくが付け足すことないなって」。
実は上田さんの実家もここから徒歩1分。生まれ育ってきた場所だからこそ、この街の変化も肌身に感じているし、近所の人は顔見知りばかり。
「おねしょして放り出されて泣いてた頃から知られてる方も多いので。アパートの鍵が開かんとか、スマホのライト消えへんとか、近所からいろんな用事を言われる“よろず相談所”みたいにもなってます」。
この場所で店を開いてから、絵描きやピアニストといった人たちとの出会いも。「和田岬ってこんなにも文化的な人が住んでるんや」と上田さんなりの地元再発見にもつながったそう。
店をオープンして2年、ときにアルバイトや内職もしながら店を開けている。「誰に話しても、もっと本業(店)がんばれって言われるけど(笑)…やりたいことをやる、そのためには別に稼ぐ必要もありということで」。
こだわりすぎると不自由になるし、といって手を抜けばつまらない。遊びの要素も欲しくなる。「家事するようにお店をする」ってそういうことなのか…家≒店のひとつの理想形を教わった気がします。
掲載日 : 2023.01.12