筆者:糸谷謙一(漁師/兵庫漁業協同組合 理事)
編集:岩本順平(DOR)
イラスト:田岡 和也
僕たち兵庫漁業協同組合の拠点がある「兵庫運河」では、運河の環境改善を目的に地域企業が主体となって1971年に「兵庫運河を美しくする会」が設立されるなど、環境保護活動が長く実践されてきました。2013年から「兵庫漁業協同組合」「兵庫運河を美しくする会」「兵庫・水辺ネットワーク」「兵庫運河真珠貝プロジェクト」「神戸市立浜山小学校」など、環境保護活動に取り組んできた団体が一緒になり「兵庫運河の自然を再生するプロジェクト」を結成しました。小学校や専門家、漁師、市民の方々が一緒になって里海づくりに取り組んでいます。
今でこそ、この連載でも環境保全や里海づくりが大切だと語っていますが、そのきっかけは「アサリの養殖」を始めて新たな水産業にしようという活動がきっかけでした。養殖技術を学んでいた際に「日本で売られているアサリの90%が輸入物だ」ということを聞いて驚きました。アサリは水質浄化能力も高いですが、1回の産卵で100万個以上の卵を海に放ち、それは小魚の餌になります。また、死んだアサリの殻は海のpH値のコントロールに必要なもので、日本の里海に必要なアサリの90%が輸入だということが衝撃的でした。
大阪湾を見渡せば、アサリが育つ干潟や砂浜は、高度経済成長期にほとんどなくなっていて、漁獲量が減っていることは無関係だとは思えません。そのころ、恩師からの提案もあり、浜山小学校と環境学習の一環として「アサリプロジェクト」を開始しました。また、同時期に神戸市港湾局や国土交通省近畿地方整備局のご協力の元「浜っ子きらきらビーチ」「あつまれ生き物の浜」という2つの干潟と砂浜を再生することができました。この2つの干潟と砂浜が、今では兵庫運河の環境保護活動の中心地となり、浜山小学校の環境学習の拠点となっています。
もうひとつ、兵庫運河で取り組んでいることは「藻場づくり」です。アマモという海藻などを兵庫運河に増やしていく取り組みなのですが、この藻場があることで、魚の産卵場になったり隠れ家になったりします。いわば「魚の保育園」のような場所です。沿岸域から干潟が消えたのと同時に、藻場も失われたことを知り、里海づくりの活動に加えました。
浜山小学校では3年生がアサリに触れて干潟の大切さを学び、4年生はアマモで藻場の大切さ、5年生でそれを踏まえ神戸の漁業を学習しています。
この藻場の取り組みが「ブルーカーボン」につながっています。大気中の温室効果ガスを海の海藻が吸収(なんと森林の6倍の吸収量!)してくれるということがわかりました。藻場の規模など、二酸化炭素の吸収量に合わせたブルーカーボンクレジットを販売することができ、二酸化炭素の排出量を低減したい企業が購入し、その費用が活動費になっていくという循環が生まれています。兵庫運河での取り組みは全国で2番目、西日本初の認証を受け、ブルーカーボンクレジットの販売が始まりました。僕たちは「ブルーカーボン」という言葉が海の環境保全を啓発する旗印を担ってくれているように感じています。この言葉が報道されることで、多くのひとが海に目を向けてくれるのではないかと期待しています。
海を再生していくためには、たくさんの人の理解と協力が必要です。漁業者だけではだめですし、行政だけが取り組むべきことではありません。今、兵庫運河でうまれているような、地域住民、企業、市民団体、学校、行政、漁業者など、たくさんの人があつまって各地でそれぞれの「里海」をつくっていくことが大切だと感じています。
この活動の一つ一つが、未来に豊かな海をつなぎ、漁業を残していくための一歩だと信じながら活動しています。ぜひ、一度、兵庫運河に訪れてみていただければ嬉しいです。
そして、神戸で水揚げされている魚をぜひ食べてみてください。
糸谷謙一|兵庫漁業共同組合 理事・漁師
1981年生まれ。漁師の家系に生まれ、大学を中退し漁業の世界に飛び込む。主に船曳網漁に従事しながら、兵庫運河にて干潟や藻場の再生に取り組む。兵庫運河の自然を再生するプロジェクトや兵庫運河Sea Change Projectにて活動中。
田岡和也
1983年、香川県生まれ。現在は神戸市で暮らし、六甲ミーツアートや下町芸術祭などのイベントに多数出展。駅や図書館、銭湯などで個展を開催するなど、展覧会、ワークショップ、壁画、ライブペイントと、活躍の場を広げている。
https://taokakazuya.jimdofree.com/
掲載日 : 2024.07.01