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神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン

シタマチコウベ

下町日記

なるほど苅藻・西部市場編 by 森本アリ

vol.29

2023.04.02

第29弾として今回、この町の食の魅力の根源を探ることを目指して、苅藻と中央卸売市場西部市場を訪れた。巡るのは「今夜、下町で」の第4弾「わいわい和田岬編」で、一晩で3部構成となる長編を記した塩屋・旧グッゲンハイム邸の管理人で音楽家としても活動している森本アリさん。「町をいじって遊ぶ」シオヤプロジェクトを主催する中で、神戸のディープスポットをめぐっているが苅藻島はまだ辿り着いていなかったという。はてさて、今回はどんな町の面白さに出逢えたのでしょうか。

文・写真:森本アリ 写真:岩本順平

 

「苅藻」と「西部市場」と「肉」

苅藻という町を長い間知らなかった。苅藻島、クリーンセンター、温水プールなどのワードをぼんやりと学校で習った程度で、塩屋に住み、実家が車を持たず、独り立ちしてからも車を持たない僕にとっては、新長田と兵庫の間の奥にある、工場と海が見え、その間に屋根が折り重なってるエリアは、なかなか到達できない謎のエリアだった。

たまたま10年ちょっと前に、兵庫の謎のエリアに近い、おもしろい保育園に子どもを預けることになった。それをきっかけに、送り迎えの前後に遠回りして、兵庫ー新長田間のJR線路より南のエリアを散歩することが日常化した。家族で大黒湯(最近閉められた、残念)、浜添湯に浸かり、公園や駄菓子屋で子どもの興味を釣りながら、迷路のような密集住宅地の路地巡りをするのは、5歳離れた息子2人が「ちびくろ保育園」にお世話になった10年間に出来た貴重な下町体験だ。

僕は、塩屋の町を文化的にいじるクラブ活動「シオヤプロジェクト」を主宰し、その一環で「勝手にまち探訪」という、主に神戸の山際と海沿いの一癖ある小さな町をくまなく歩き倒す7時間まちあるきを企画している。2021年1月23日(土)には「vol.29 苅藻編」を開催した。詳細はこちら
シタマチコウベでも度々登場する角野史和くんの案内である。この時の、一つ一つの路地を愛でるように時間をかけた探索はとても楽しい思い出だ。低い街並み、路地の連なりの先にはいろいろな発見がある。家の前にはみ出す「あふれだし」は町の風物詩。

この小さなエリアは多様で包括的だ。流行りの横文字を使うと「ダイバーシティー&インクルーシブ」。ベトナム仏教寺院、路地の奥に鎮座する地蔵尊、角打ち、駄菓子屋、韓国の人、ベトナムの人が多く、朝鮮学校もある。この地域の真野小学校は韓国語とベトナム語の表記がある。鉄を扱う町工場を守る神社の鳥居は鉄製だ。

そういう空気を存分に感じる、こちらの新長田体験も面白い。

下町日記|都市体験のデザインスタジオ「for CIties」石川由佳子・杉田真理子

 

西を苅藻川(=新湊川)、南と東を兵庫運河、北を(水はないが)国道2号線と阪神高速に挟まれた苅藻地区はすでに「島」のような状況なのだけど、さらに南に埋立地、その名も「苅藻島(カルモ島のカタカナ表記も見かける)」がある。かつてはこの運河のあたりは輸入された原木丸太がぎっしりと貯木されていた=浮かんでいた。その一部はプレジャーボートが係留する神戸カルモマリーナに変貌をとげているが、いまでも材木市場と木材業の工房・商店・卸・仲介・営業所が集まっている。大きく区分けされた敷地と建物が並ぶ中で「クラブカルモ」なんて素敵な喫茶店もあったりするのが苅藻島ワンダー。ここの内装はさすが木工の町のそれだった。そして苅藻島クリーンセンターも、神戸市章を携えたランドマークとして鎮座している。実はこのクリーンセンター内に2022年8月「外来生物展示センター」がオープンしたらしい。一度行ってみたい。

というように、一応くまなく歩いた感もある苅藻だが、行ったことがない場所がある。苅藻の西南にある神戸市中央卸売市場 西部市場だ。

神戸には3つの中央卸売市場がある。本場(兵庫区:青果・水産物)、東部市場(東灘区:青果・水産物・花き)、西部市場(長田区:食肉)である。本場と呼ばれる、俗に言う中央卸売市場は、美味しい食堂もあり、前にイオンが出来たこともあり、馴染みもあると思う。一方、西部市場は、大正9年に市立神戸屠場(とじょう)として開場して以来、神戸市民に安全・安心・高品質な食肉を安定的に供給しているが、衛生管理の厳しさゆえに一般の立ち入りが難しいこともあり、あまり知られていない印象がある。今回、そこを訪れる貴重な機会をいただいた。

西部市場は管理の行き届いた静かなところだった。訪問当日は偶然「神戸ビーフ・デー」。巨大冷蔵庫に吊るされた400kg前後の枝肉(牛の体の半分で骨のついたままの肉)が70頭分ほど吊るされている。それらは枝肉の状態で格付けされる。その量や歩留まり、肉の色やきめ、脂肪の入り具合などによって等級がつく。素人目にはどれもが同じ、上等な霜降り肉にしか見えないが、卸業者の方々が丁寧に見ている。その後セリが始まった。

魚のセリは明石と駒ヶ林で度々見ている。この2箇所は海沿いの臨場感の溢れる場所で行われ、彼らのやりとりは素人の耳には日本語として判別できず、リズムを取るために板を叩く音と共にかっちょいいラップにしか聞こえない。それに比べて僕が見た牛肉のセリは、大学の授業のように整然とした部屋に、順番に教授の代わりに肉がやってくる、そんな感じのものだった。

この日はトップに農業高校の学生たちが大事に育てた牛がセリにかけられる日で、全員で一斉にかけた「お願いします」「ありがとうございます」という初々しく礼儀正しい挨拶に背筋が伸びた。そしてその挨拶はすぐ、その場を司る卸売業者職員に替わられたのだが、「神戸ビーフ・デー」ゆえの「コーベービーーーフ!」というかけ声が響き、肉の細部を照らす懐中電灯の効果も相まって、ショーを見ているようでとても面白かった。

業者にはあらかじめ各頭のデータが記載された資料が配られている。それもやはり素人にはkg(キログラム:重量)以外は記号なのだけど、各頭の両親の名が血統としてその資料に記されていた。西部市場のWEBサイトに「中でも純粋血統を保持する兵庫県産黒毛和牛から生産される『神戸ビーフ』『但馬牛』は国内海外を問わずトップクラスの評価を得ている銘柄牛であり、西部市場がその大きな流通拠点となっています」とあるが、純粋血統という一つの基準があるようだ。

西部市場で扱われる牛の2割は兵庫県産、あとの8割は沖縄から北海道まで全国から集まる。牛に関しては月曜日は兵庫県産の枝肉上場、月曜日以外は県外のもの、火曜日と金曜日は部分肉の日、など豚も含めいろいろと日替わりだ。西部市場のウェブサイトには毎日の取引の頭数や取引額がレポートされている。

想像していたような血生臭い場面には出くわさなかった。そして衛生管理が徹底されていることも見て取れる。嬉しかったのは、皮は市場内の専門業者により、付着した肉などが綺麗に取り除かれ、加工業者の元に届くこと。
2019年7月には、神戸レザー協同組合が設立され、その皮革を「神戸レザー」としてブランド化した。2021年革素材として全国初の地域団体商標を取得。西部市場で取引された「神戸ビーフ」の皮革は「神戸レザー」として家具、かばん、革小物にアップサイクルされているのだ。
肉に関しても各部位が丁寧なプロセスを経て必要な業者の元に届くそうだ。神戸と西宮と沖縄では豚肉は皮付きのまま取引され、豚の頭も重宝される。新長田にはマルヨネという神戸が誇る肉屋があって、豚の各部位ごとに、そして耳や顔も売られている。ホルモンの種類も量も豊富だ。

新長田は知っての通り焼肉屋が多い。そして韓国料理、ベトナム料理を始め多国籍な食文化が存在している。それは日本の他の地域では手に入りにくい肉の部位が容易に入手できる環境も影響していたのだ。長田の食生活と西部市場は地続きの存在だった。

その日はもちろん苅藻の「韓国料理 パラム」にて、とろける豚トロ、豚カルビ!肉をありがたくいただき、肉に舌鼓を打ったのだった。パラムは、オモニの絶品海鮮チヂミや辛くて美味しい豆腐チゲ、K-POPが脳内リピートするヤンニョンチキンもおすすめ。ランチも勧められたのでまた訪れたい。肉に感謝しながら、ごちそうさま。ありがとう。

ちなみに西部市場は、神戸地下鉄海岸線、苅藻駅から徒歩3分と意外とアクセスしやすい。昨今の事情で現在は行われていないということだったが、西部市場で「食肉まつり」が開催される時にはぜひどうぞ。

今夜、シタマチで 一覧