
「今夜、シタマチで」と題しての飲み歩き企画、今回は駒ヶ林エリアへ。 まちを案内してくれたのは、駒ヶ林に住む映像作家のおでんさん。普段から扇港湯にも通い詰めるほど銭湯が大好きなおでんさんが、地元民ならではの銭湯からはじまる特別な夜をご紹介します。
文:おでん 写真:おでん/岩本順平
住宅街の一角にひっそりと佇む「扇港湯」。仕事を終えて向かったのは、ちょうど日が暮れかけた17時ごろ。いつもより少し早い時間にのれんをくぐると、番台の顔なじみに「今日は早いな」と少し驚かれる。たしかに、普段は閉店間際にふらっと現れる時間帯。けれど今日はこれから、軽く飲み歩く予定がある。ならば、その前に身体を整えておきたい。
服を脱ぎ、湯気の向こうに身体を沈める。まずは熱めの湯にじっくり浸かり、日中にたまった疲れをほどいていく。扇港湯の湯は、少し刺激があり、肌に触れると自然と背筋が伸びる。続けてサウナへ。額を伝う汗が徐々に熱を逃がしてくれて、身体の内側がすっきりと整っていく。キンと冷えた水風呂に身を落とす頃には、輪郭が際立ち、意識がスッと冴える。
風呂あがりの身体に、ビールはご褒美だ。
1軒目は「大原酒店」。角打ちのカウンターにはすでに数人が集っている。
友人に勧められて初めて訪れたこの店は、雰囲気も味も好みで、またふらっと立ち寄りたくなる。キリンの瓶ビールを頼み、風呂でゆるんだ喉に冷たさを流し込む。頼んだのは、特製餃子。
ニンニクがしっかり効いていて、手作りの包みから肉汁があふれ出す。パンチがあって、いい。餃子を頬張り、瓶ビールをもう1本。まだ陽の残る時間に飲む背徳感も、またたまらない。
2軒目は「御食事処 富士」。暖簾をくぐると、黒板にずらりと並んだメニューが目に飛び込む。バイ貝の甘辛煮、鯛とズッキーニのバター炒め、ポテトオムレツ。
どれも味がはっきりしていて、ほどよい油と塩気が酒を呼ぶ。セセリのうずら巻きをかじると、香ばしさが口に広がる。合わせた芋焼酎のソーダ割りは、しっかり濃いめ。料理の輪郭を際立たせる、頼もしい一杯だ。
そしてここの魅力はもうひとつ。マスターの奥さんが、いつも気さくに話しかけてくれる。街の裏話や昔の出来事など、聞けば聞くほどディープなエピソードが湧き出てくる。街をもっと知りたい人は、奥さんと話してみるといい。
3軒目は「旬彩 てんてん」。白木のカウンターに整然と並ぶ瓶、壁のテレビから流れる阪神戦。静かに、けれど温かく迎えてくれる女将の声が心地よい。水キムチの優しい酸味、淡路ハモの炙りの香ばしさ、ハモの煮凝りの舌ざわり。そして、どの料理も見た目が本当に美しい。
小鉢の器使い、盛り付けの余白、温度感まで、五感をくすぐってくる。酒が進むのは当然だった。静けさのなかに流れる柔らかな時間が、ここにはある。
最後に立ち寄ったのは、スナック「バンスラク」。カウンターは短く、声を張らずとも全員に届くような空間。誰かの笑いが伝染していき、自然とその場にいる人たちがつながっていく。白州のロックをひと口。今日一日の流れが、静かにまとまっていくような味わい。気がつけばボトルをキープしていた。いつかまた、今日の続きをやりたくなるような、そんな夜。
銭湯、角打ち、居酒屋、スナック。どの店もすべて徒歩5分圏内。歩いて巡るにはちょうどいい距離感。けれど、このまちの魅力は、それだけではない。銭湯の番台、角打ちの常連、居酒屋の店主、スナックのママ。場所も人も、どこか近しい距離感で、まるで友人のように迎えてくれる。そのゆるやかであたたかな関係性こそが、この夜の余韻をより深くしてくれる。
そして、こうしてまちを歩き、あたたかい人たちに出会い、文章にする機会をもらえたことにも、あらためて感謝したい。次にこの道を歩くときも、きっと同じように、いい夜になる気がしている。
掲載日 : 2025.07.10