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森幹雄 | DJ/オーガナイザー

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朝の通勤中のことだった。自転車に取り付けた折りたたみ式のカゴがやたらガタガタ鳴ると思っていたら、不意にバーが折れてしまった。レコードなどを積むことがあったがそんなに重いものを頻繁に載せることは無かったので、金属疲労でもないだろう。自転車で転倒事故を起こした時のダメージに、負荷が蓄積したのだろう。

形あるものはいつか必ず壊れる。そうして人はいつか死ぬ。私が死の気配を感じたのは5歳の時だった。

今年の3月、私は前職を辞めて、株式会社Happyに入社した。

はっぴーの家ろっけんでは笑いが絶えない。スタッフが高齢の入居者やその家族、あるいは近所の人や見学者と、にぎやかに笑い合う声がよく響く。私は「かしましい」という言葉をよく使うようになった。本田さん、今日もかしましいですね。私は徳之島出身の寡黙な男性入居者にそう囁いて共感を求めた。

絹江さんに予定をたずねられた千恵さんというスタッフは、耳の遠い老人への配慮もあって、絹江さんの背後からぴったりと抱きつくと、耳元で優しく「今日は歯医者さんが来ます」と伝えた。千恵さんの声には豊かな倍音が含まれていて、爽やかさと深さが重層的に響き、人に安心感を与える。そうして千恵さんは、おばあちゃんが大好きな孫娘のように、幸せそうに微笑んでいるのだった。

一方で、タバコをせびる田中さんに対して、松本くんは、「ジャンケンするよ!」といつもの調子で握り拳を差し出す。4回連続で負けた田中さんは猛然と松本くんの腰に手を回すと、笑いながら彼を抱え上げた。ジャンケンは良いからさくっと吸わせてあげなよ、と私などは思うのだが、じゃれ合う2人を眺めながら、支援や介護に正解なんて無いんだな、と思った。専門性だのスキルだのと言ったところで、剥き出しの愛やありのままの個性に敵うことなど無いのだ。ここでは敬称がどうとか、適切な距離感がどうとか、そういう議論は存在しない。スタッフが入居者に説教されることもあれば、家族のように抱き合うことも日常の風景である。境界線はいつだって私たちの意思によって手放される。

彼らの関わりを見ていて、熱いものがこみ上げることが今でもある。涙が出そうになるのをひっそりとこらえている。人と人の何気無い関わりの中に、当たり前のようにある愛やぬくもり。あなたが生きている今日が嬉しくてしかたがない。そんな風に彼らは心のままに触れ合う。彼らの愛に出し惜しみは無い。勤続の長いスタッフほど、愛するおじいちゃんやおばあちゃんの死を何度も乗り越えてきた。彼らは悔いを残さないように、全力で相手に向き合うのだ。そういう眩しく尊いものにあてられて、私は心から安心する。私は生きて良いのだ。

私は5歳の時に死にかけたことがある。家の近所でひとりで遊んでいた私に、彼は声を掛けてきた。受験か何かのノイローゼだったのだろうか。長い黒髪の奥でメガネをかけた、ほっそりとして神経質そうな青年だった。彼は優しかった。ひとりっ子で親類も少ない私は無邪気に彼と遊んだ。

どういうきっかけや弾みがあったのか、そもそもそういう目的で近づいたのかはわからない。不意に彼の手が私の首にかかり、その手に力が加わるのを感じた。

公園で楽しく遊んでいた私と青年、そのすてきな光景に突如差した死の翳り。その転換は、限りなくグラデーションだった。首を絞められているその状況や彼の感情が理解できないまま、私はされるがままだった。恐怖を感じる間も無く、ただ、苦痛だけがあった。昼と夜、生と死、神と悪魔。それらをわかつ境界線は時として曖昧だ。境界線はいつだって私たちの意思によって手放される。一方で、私たちの意思とは無関係に朝が来て、夜が訪れる。ドミノのように蝕まれる細胞。一輪ずつ枯れていく花々。クロスフェード。

消え入る意識のその遠くから、絶叫のような母の声が届いた。家の近所で遊んでいたはずの我が子の姿が見えなくなり、周辺を探したのだろう。そうして公園で見知らぬ若者に自分の子どもが殺められそうになっていたのだ。果たして私は一命を取り留めた。

私は子どもの頃から変わり者だった。周囲に馴染めずひとり遊びが好きだった。中高と不登校だったし、引きこもって昼夜逆転の時期もあった。中学生の時に児童相談所で知能指数を計ったところ130だった。IQが高いからと言って、必ずしもその人間は賢くは見えない。つまらないことを深く考え込んだり、どうでも良いことにこだわったり、物事の捉え方や社会性に独特のクセがある。周りとズレて、浮いている。状況によっては気が利かず、愚かに見えることだってあるだろう。そういう異端者もいる。ただ、周囲と視点が違うこと、思考の指向性や深さが独特であるということは、ある場面においては有益に働く。変わり者の自分は、あの青年のことを時々考えた。そのことが社会や誰かの役に立つことだってあるかも知れない。

はたちやそこらの若者が、どうして子どもを殺そうとしたのだろう。彼がそんな風に思い詰められる前に、誰かが彼の様子を気に留めなかったのだろうか。優しく声を掛けてくれる、冗談を言って笑わせてくれる、そういう味方はいなかったのだろうか。例えば、はっぴーの人々のように、距離感のバグった、おせっかいな誰かが。

世の中には痛ましい事件がたくさん起こる。炎上動画のようなものもたくさん目にする。コメント欄には正論が溢れ、加害者を特定するとか、こいつも同じ目に合えば良い、とか、そういう言葉が踊る。善悪の区別もつかない幼い時分に被害に遭った自分は、制裁や刑罰の話には全く関心が無い。そういうことではない。処罰を避けるためにお利口にする社会ではいけない。産まれたての無垢な子どもが善人にも悪人にもなる。その背景として、社会には教育や環境に関する不平等が明らかにあり、豊かな愛も、心の飢えも、連鎖するし感染する。その不平等を無くすことが重要だと、ずっと考えていた。そうして自分はいつもこう考える。この事件が起きた責任は、社会の最小単位としての自分にもある、と。

例えば、ある時会社で同僚が人身事故で遅刻するという連絡が入った。私が「その亡くなった人の話を聴いてあげたかった」と言うと、何人かは笑った。私は本気でそんな風に考える。具体的な援助や助言ができなかったとしても、ただ話を聴くだけでも、その人の孤独や苦痛は癒やされたかも知れない。自分が、誰かの心のセーフティーネットでありたいという気持ちは昔から持っている。

はっぴーには子どもがよく出入りする。中には勤務中のスタッフの子どもたちもいる。夕方、私はある小学生の少女に声をかけた。君は水筒忘れクイーンだから、どこか目立つ所に水筒を置きなさい。クイーンは照れたように笑って水筒を受け取った。咎めたり、指摘したり、傷つけたり、無闇に制限したりせずに、優しいユーモアで子どもたちをほっとさせたい。のびのびと、その子らしさを深めてあげたい。社会の最小単位としての自分は、少なくとも目の前の子どもたちとそんな風に関わりたい。その子がつらい時に、悩みを打ち明けられるような大人でありたい。

要するに、地域のコミュニティが正しく機能することが、この社会を豊かで優しいものに変えるたったひとつの方法だと考えている。おせっかいがいつか貨幣制度を凌駕する。家族的な愛や結束で、社会は楽しく美しく回る。コロナ禍を経ていろいろなことを考えた。いろいろな人と出会い、自分なりに行動してきた。その結果、そういう自分なりのコミュニティ論に行き着いた。そうして、仕事や遊びを通してはっぴーの人々と出会い、関わりながら、彼らがただ破天荒なだけではなく、私と非常に近い理念を持ち、それを実証しているコミュニティであることを知った。そうして私は彼らの仲間になった。

社会に居場所が無いと感じたり、生きづらさを抱える人がたくさんいると思う。そういう人々に、はっぴーのような場所、あるいは長田のようなおせっかいな町が必要だと思う。あの青年は元気だろうか。いつか、はっぴーに遊びにきてほしい。私はいつかあの青年だったかも知れないし、あの青年はいつか、私だったのだ。

境界線はいつだって私たちの意思によって手放される。

森幹雄|DJ/オーガナイザー

音楽イベント「Boys Don’t Cry」「bloodsport」のほか、映画「美しき緑の星」の上映会などを主催。デザイン専門学校卒業後、大阪で広告代理店に入社するも睡眠と社会性が足りず4ヶ月で退職。その後障害福祉に20年以上従事したりちょっとだけweb制作に携わる。レコードDJやイベント企画を2023年より開始。「異端でありながら継ぎ手であるという矛盾」を抱きながら神戸を中心にじわじわと認知される。2025年6月、WAGOMU Climbing Gymで音楽イベント「bloodsport EiEiOH」を主催、乳幼児や障害者を含む130名の入場者と共に楽園のごとき光景を描く。ジャンルに捉われない自由で大らかな選曲に定評がある。モットーは、無理なく楽しく心地よく。instagram: @mikio_blood

掲載日 : 2026.06.17

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