
長田には焼きそばやお好み焼きなど、いわゆる粉もんの名店がたくさんある。それらは「おもしろおいしい」店として、私に親しみを与え、時に私の冒険心をくすぐる。
お好み焼きハルナもそんなお店のひとつだ。初めて行った時、お店のおばちゃんがじっと見つめてくるのでちょっと怖かったが、しばらく私の様子を観察したあとでおばちゃんは「胡椒を振ったらおいしい」と教えてくれた。優しくて親切で人情がある。このような情景は言葉にすると途端に薄っぺらく感じられてしまうものだ。機会があれば足を運んで体験してほしいと思う。胡椒を置いている粉もんの店もそう多くは無いだろう。
今日は仕事終わりに「お好み焼・うどん、たけだ」でモダン焼きを食べた。WAGOMU Climbing Gymに行く前の腹ごなしに以前行ったことがある。こちらもなんとなくぬくもりがあって情緒的で、好きな雰囲気のお店である。粉もん文化圏のネイティブではない私がコテでカットするのにもたついていると、おばちゃんが「切れる?」と優しく声を掛けてくれた。その時の優しい眼差しに私は胸を打たれた。
ハルナの胡椒もそうだが、長田のお店のおばちゃんたちは、この、「思いやりのあるひとこと」をそっと添えてくれる印象がある。守食品で豆乳をいただく時も「座って飲み」とベンチを勧めてくれる。胡椒をかけてもかけなくても、ベンチに座っても座らなくても、おばちゃんたちのあたたかいひとことが、町の新参者である自分に安心感を与えてくれる。そういうことって、日常や人生において、実はとても大切な価値観だと思う。
たけだをあとにして、私は自転車で走った。湊川の自宅前を素通りして、坂道を駆け上がる。コープミニ石井で酒饅頭とカフェオレを買って食べた。それから立ち漕ぎで、まもなく押しチャリで、息を荒げて坂道を登った。
坂道を登った先の烏原貯水池で、同僚や何人かの顔見知りと出会った。須磨ユニバーサルビーチプロジェクト代表の木戸さんとも2年ぶりに再会した。私が前職でくすぶっていた頃、「水に浮く車椅子を使って障害者や高齢者に海遊びを楽しんでもらう」というプロジェクトを知って、単身ボランティアに参加した。福祉で長年働いている私は常々、「制度の外側にこそ本質的な福祉は存在する」と感じていたが、それを実現する画期的なプロジェクトのひとつだった。
障害や年齢で何かをあきらめることは勿体無いしかっこ悪いと思う。私は47歳でレコードDJを始めたし、その時から本格的なイベント企画を始めた。同世代の人で「若い子たちの中におっさんが入っていくのは恥ずかしい」と言う人は一定数いる。自分はやりたい時にやりたいことをやる。その結果、彼らがもう一度音楽を好きな場所で楽しめるような、そういう環境やコミュニティを作ることができれば良いな。木戸さんと自分のやっていることの規模やジャンルは違うけど、根っこの部分にある理念、理想には共通するものがある。つまり、「あきらめない社会」「言いたいことを言い、やりたいことがやれる社会」を作ること。
いわゆる「コロナ禍」という期間に私は多くのことを学び、考えることができた。同調圧力、読みすぎる空気、臭いものにフタをする、長いものに巻かれる。その価値観が私たちに幸福をもたらすものかどうかを私は何度も考えた。考えに考え抜いた結果、臭いものにこそフタをしてはいけないと思った。匂いに惑わされず、物事の本質を見抜くことの大切さを知った。長いものを引き寄せて、時には豪快にぶっちぎる勇気を得た。誰かの言葉を鵜呑みにせず、自分の直感を信じること。自分の意見や疑問を率直に言うこと。他者を尊重し、謙虚に、冷静に、議論を深めて擦り合わせ、歩み寄ること。人間社会を豊かにすること、相互理解を深めることって、本当はそういうことだと思う。多くの人はそれをあきらめているのではないか。すばらしい分かち合いの機会を手離しているのではないか。昨日、フォノテークでiwaさんが言っていた。「AIはウソをつかない、と言っている友人がいてびっくりした」って。真実と虚構、自己と他者。境界線はいつだって私たちの意思によって手放される。
そうして、夜に烏原貯水池へなぜ向かったのかと言うと、私たちは蛍を見るために集まったのだった。健康な人もいれば、障害者も高齢者もいた。私は十平さんが乗る車椅子を押して貯水池のぐるりをゆっくりと歩いた。さきさんやなつきくんと一緒に歩いた。冗談を言いながら、山の匂いを嗅ぎ、ウシガエルの合唱を聴き、高い木々のその葉っぱたちがゆらめく影をくぐり、やがて私たちは闇夜にゆっくりと舞う淡い光の点々を見た。さきさんが握った手をそっと開くと、そこには光る蛍がいて、その子はなつきくんの手に静かに移り、そうして闇に帰っていった。息を飲むような、美しく、儚い情景だった。
色の無い夜の山道を歩いていると、自分や世界の時間軸がぼんやりと霞んで消えかけていくような感覚があった。みゆきさんは、ひとりで歩いていると10年くらい時間をさかのぼった心地がした、と言っていた。士郎さんは、自分が誰でここがどこだかわからないと言っていた。軽いパニックに陥っているようだった。
良いんだ。そんな風に混乱したり、自然の情景に圧倒されて自分や時間感覚を見失うことも、すてきな体験だと思う。実際のところ、蛍を見るとか、マグロを釣るとか、お金を儲けるとか、そういうことはどうだって良いといつだって思っている。みんな死んだら骨だけだ。誰かのルールも正解も要らない。人の手と自然の営みと神々の気配によって生み出されるあらゆる美しいものに触れて、世界の秘密を閉じ込めた自分だけの鍵を、今日私は貯水池に投げ捨てた。その鍵はいつか、水の底で眠る自分自身なのかも知れないし、田中さんが拾ったシケモクかも知れない。そんな風に私たちは溶けていく。町に。人に。水に。夜に。ひとふりの胡椒とマヨネーズ。蛍の光源。求愛するウシガエルたちとちいさな仔熊のかげ。神のように笑い、悪魔のように踊る。境界線はいつだって私たちの意思によって手放される。

森幹雄|DJ/オーガナイザー
音楽イベント「Boys Don’t Cry」「bloodsport」のほか、映画「美しき緑の星」の上映会などを主催。デザイン専門学校卒業後、大阪で広告代理店に入社するも睡眠と社会性が足りず4ヶ月で退職。その後障害福祉に20年以上従事したりちょっとだけweb制作に携わる。レコードDJやイベント企画を2023年より開始。「異端でありながら継ぎ手であるという矛盾」を抱きながら神戸を中心にじわじわと認知される。2025年6月、WAGOMU Climbing Gymで音楽イベント「bloodsport EiEiOH」を主催、乳幼児や障害者を含む130名の入場者と共に楽園のごとき光景を描く。ジャンルに捉われない自由で大らかな選曲に定評がある。モットーは、無理なく楽しく心地よく。instagram: @mikio_blood
掲載日 : 2026.06.15


