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LOCAL EDITORS
-神戸駅の南側のエリア-vol.1

私もパンツ、真っ黒にしたかったな。

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    2026年度、シタマチコウベの新たな取り組みとしてスタートした「LOCAL EDITORS」という連載企画。
    シタマチコウベの各地域に詳しい方々に、町の魅力や楽しみ方、旬の情報などを届けていただきます。
    今回は、神戸駅の南側のエリアで活動しているハマベレミさんによる連載です。
    続々と更新されていく、LOCAL EDITORS企画。お見逃しなく!

     

    文:株式会社KUUMA 濱部玲美

    こんにちは、ハマベレミです。最近、サックスを習い始めて、ほぼ毎朝、仕事前に吹く生活をしている。ルーティンなんて大嫌い!と41年生きてきたのに、こんなにもすっと革命を起こしてくれたサックスがとても可愛い。そんな生活を始められたのも、手を動かして働く人の多いこの場所に仕事場を引っ越してきたこともそう遠くない理由なのではないかな、と半ば強引に思う。

    兵庫区七宮町に仕事場を引っ越ししてきて、1年と2ヶ月が経った。うん十年とここで店や事業を構える人たちとの雑談が日常の合間に差し込まれて、時間をちょっとゆっくりにしてくれているせいか、1年2ヶ月という数字より長くここに居るような気がする。事務所をシェアしているひろさん(文化工学研究所という建築設計事務所をしている)とも、「え、もう半年?」「え〜もう1年!」と、もうええやろってくらい何度も驚いている。

    改めてこの界隈のことを知りたくて、むっちゃんに声をかけた。むっちゃんは、七宮町で生まれ育った、私たちの事務所の大家さん。川上睦美さんことむっちゃん、御年67歳。最近はピラティスをはじめて、月に1度は美容院に通っていて、いつもパワーがみなぎっている。

    むっちゃんが、事務所の2軒隣で働く秀子さんにも声をかけてくれた。秀子さんは、港湾で重い荷物を移動させるためのクレーンやベルトコンベアーや船に装備するバケットなんかをつくっていた株式会社東畑を継いでいる。いつも清楚で、挨拶するときは私の背筋も自然と伸びてしまう。秀子さんの夫はとても愉快な人で、故郷の北海道から仕入れたジンギスカンでパーティを開いてくれたり、鯛しゃぶをつくってご馳走してくれたりしたこともある。話は逸れてしまったけど、むっちゃんと秀子さんと3人でお茶を飲みながら話をした。

    私たちの事務所は、1989年(平成元年)からむっちゃんのお父さんとお兄さんが沖修理のための部品をつくる船舶整備工場だった。閉業して10年くらい経った頃に、縁があって借り受けることになった。埃まみれになっていた工場を、みんなで掃除をして、ちょっとずつ手を入れながら使わせてもらっている。最近は、大きなエアコンもついてめちゃくちゃ涼しくなった。

    工場だった面影があちこちにある事務所。船舶部品をつくってた鉄の分厚い溶接台はそのまま使っている。

    徒歩1分の場所にあるMAR_U(木工加工場)の山崎さんが調達してくれた唐櫃の檜でドアを作り替えた。

    お父さんとお兄さんの工場になる前は、むっちゃんのおばあちゃんの食堂だった。切り盛りしていたおばあちゃんたちはここ一帯をざわつかせる美人姉妹で、食堂はいつも近くで働く工員さんたちで賑わっていた。油にまみれた働く若い男たちの間で、美人姉妹が食事を運ぶ姿を浮かべるとニヤけてしまう。はらりと動くエプロンの裾が男たちの間をひらひらと舞っていたんですかね。美人姉妹の一人は隣の鉄工所の工員さんと結婚したんだって。射止めたラッキーボーイ、すごいです、おめでとうございます!

    コンビニなんて無い時代。おばあちゃんの食堂はたくさんの需要に応えていた。昼はお惣菜をつくって、夕方には近くのパン屋さんのパンを並べて、夜はお好み焼きを焼く。むっちゃんは小学生くらいには食堂の手伝いで出前を運ぶこともあったって。3時のおやつの時間には、アイスクリームを木箱にいれて工場付近を練り歩く。すぐに界隈で働くおじさんたちの行列ができる。汗だくになったおじさんたちが喉から手が出るくらい食べたいアイスを、小さな子どものむっちゃんが抱えて持ってくる。なんていい景色。学校は厳しく体罰も当たり前だった時代。絶対的存在の先生という大人の前で鉛筆を握る時間もあれば、自分より何十歳も年上の大人にアイスを売る時間もある。生きるためのいろんな自分を持つ。どこでもオンラインでつながっていつも誰かに見守られている(見張られている?)ような今。安心と引き換えに、いろんな顔で舞台に立つことが減ったんじゃないかな、なんて思う。

    結婚して別の場所に住んでいるむっちゃんは、今も毎日自転車で15分くらいかけて朝と夕方にやってくる。事務所の3階のかつてむっちゃんの家で、お母さんに線香をあげている。たまにガラガラと事務所に入ってきて、クリームパンとかお餅とかジュースなんかを差し入れてくれる。なんというか、こういう誰かのテリトリーに自然にはいってくる才能がむっちゃんにはある。その才能のおかげで、七宮町に来てからいろんな出会いがあるんだろうな。

    むっちゃんのお母さん、お父さん、お兄さん、そして中央のむっちゃん。今生きているのはむっちゃんだけ。

    編集の仕事をしてると、目指すものは既にもう在る、と気づくことがたくさんある。話を聴いたり調べたりしていくうちに、相手のことなんだか自分のことなんだか分からなくなる。そんな主客一体の状態までいくと、どんどん筆が進んでいく。画期的な新しさ!なんてのはなくて、既に在ったものと今の感覚とを往復しながら一緒に見つけていくような、誰かの何かを引き継いで生み出しているような。

    仕事の時に一番長く一緒に過ごすものがパソコンになった。そんな今だから、もっと身体が感じることを無視しないでつくっていくことが大切になってくるだろう、となんとなく思っていたら、ここに引っ越してくることになった。好きになったこの場所を、一方通行に観察して頭で分かろうとするんじゃなくて、身体で感じていくために、この文章を書かせてもらっているのだと思い込んで筆をとってみている。流れてきた歴史とかかつてあった生態系とか見えないけど既に在るものを拾い上げて、言葉にして一度輪郭をつけてみたり、イメージして広げてみたりを行ったり来たりしながら。

    むっちゃんから借りた写真を、むっちゃんと4まわりも下の大学生と一緒に眺めた。なんかいい時間。

    秀子さんは、工場の上の自宅の台所で産声をあげた。戦争が終わって10年後のこと。予定より2ヶ月も早産で、小さい時は体が弱かったんだって。今はとても元気で、嬉しい。秀子さんをとりあげてくれた産婆さんは、このあたり一帯の子どもをとりあげたそうで、むっちゃんもそうなんだって。

    「もう、ほんまに、このへんは賑やかやったよ〜」と、秀子さんは70年前を振り返る。静かだと泣きだしてしまう赤ちゃんだったという秀子さん。騒音は、子守唄。

    七宮町はもともと川崎町という地名で、その名前の通り川の突き出たはじっこ、海との境目にある。住む場所というより、働きにくる場所。平清盛による大改修から、兵庫津と呼ばれ国内最大の寄港地となり、川崎重工のお膝元として造船業などのものづくりで栄え、平安時代からずっと賑わってきた歴史をもつ。鍛冶屋も船具屋も石油屋も、船を造ったり直したりする鉄工所や金属加工場がずらりと密集して、真っ黒になった男たちがひしめき合う、とにかく賑やかな場所だったと聞くと、どこかでいつか見た映画みたいな話だな、とちょっと遠い目になる。

    面白いのが、そんなエリアで子どもたちが有象無象に遊んでいたということ。駄菓子屋や文具屋など子どもたちが足を運べる場所がたくさんあった。駄菓子屋には猿がいて、ヒヨコやハツカネズミを売りに来るおじさんがいて、ロバを連れたパン屋さんがきて。クラゲをとってくれたおじさんがいて、家の隙間でニワトリを飼っているおばさんもいて。人間の暮らしのなかにいろんな生き物が登場してきて、動物好きの私は前のめりになる。

    私の事務所の前にあった(今は大きな駐車場)港湾冷蔵庫の氷で、子どもたちはびしょびしょに濡れながら遊んだ。工場の隅にあった石炭の山を滑り台にしてパンツを真っ黒にした。落ちている蝋石で道路に豪快に絵を描いた。大人の働く場所で、子どもたちが遊びまわれる時代。立場という境界線が曖昧で、行ったり来たりできる時代。これが、遊戯三昧(ゆげざんまい)だなと思う。最近読んだ茶人 堀内宗心さんの本の中で出会った言葉なんだけど、なにものにもとらわれないで思いのままに遊ぶ、どんなことでもやることそのものを楽しむということ。持っているものを分けるということじゃなくて、何者でもないように自由に行き来する、これこそが平等なのだ、というように書いてあった(という理解をしている)。耳を刺すような大きな音は子守唄、身体を汚す産廃は遊び道具。働く大人も遊ぶ子どももどっちが偉いとかじゃない。目の前にあるそのものをまるっと受け入れる。決めない、決めない。

    港湾冷蔵庫前で、お母さんと従兄弟と一緒に映るむっちゃん。蝋石で壁に描かれた落書きがいい。

    港湾冷蔵庫があった場所は、今は40台くらいの駐車場。満車率が高く停めるのは至難の技。

    いっぺんにこのあたりの景色が変わったのは、1995年の阪神淡路大震災だった。全壊した工場もあった。亡くなった人もいた。当時、むっちゃんのお父さんは炊き出しをしたりと地域を盛り上げようと奮闘していたそうだ。

    「まさか七宮町がハーバーランドまでつながるようになるなんて」と、むっちゃんと秀子さんは呟く。ハーバーランドまでずどんと続く国道2号線のある場所には、住居や工場や商店がひしめき合っていてあんな太い国道が走るなんて想像もできなかったんだって。2号線でつながって、とても便利になった。だけど、とても静かになった。静かになったけど、やっぱりこの川のはじっこの、海との境目にある七宮町界隈には、今もつくる人がたくさんいる。

    秀子さんは「ここはいい風が吹いてねん、今でもここが好き」と言った。私もまだまだ初心者だけど、そう思う。

    むっちゃんと秀子さん。昔話をするふたりはすごく可愛くて楽しそうだった。羨ましくなって当時の面影を探して、事務所まわりを散歩してみた。『喫茶 思いつき』の前の通りを曲がった先で撮られた三輪車のむっちゃんの写真と同じ場所あたりに立ってみる。

    事務所からすぐ近くにある、喫茶 思いつきさん。むっちゃんのお父さんとお兄さんが働く工場に出前を持ってきてくれてたことも。

    三輪車のむっちゃんの下にはごろごろした土の道があって、私の下には便利で歩きやすいコンクリートの道がある。まったく同じ景色を見ることはできないけど、当時の話を聞いてじわっと熱くなった気持ちや想像のなかに見た景色は、私の血肉となって残っていく。私はこの一帯の誰かの何かを引き継いで、何かを生み出していくんだろう。

    私もパンツ、真っ黒にしたかったな。まぁ、今でもできるか。

    あっという間に2時間くらい話し続けてくれた、むっちゃんと秀子さん。ありがとうございました。

     

    汀、時折、開いています。

    「汀(みぎわ)」と名付けた事務所は、時にギャラリー、時に実験場、時にイベントスペースとしてオープンしています。

    月初の日曜日にオープン汀として地域に開いたり、月末の金曜日に汀研究会(仮称)として討論会を開催したりしています。たまにお昼ご飯をみんなで作って、遊びに来た人と食卓を囲んだりもしています。気軽に遊びに来てみてください。

    汀(みぎわ)
    「つくる」の近くで多世代が混ざり合う、神戸海辺の拠点。
    Instagram:https://www.instagram.com/migiwa.kobe/
    WEBサイト:https://migiwa.site/
    address:652-0831 神戸市兵庫区七宮町1-3-4(google map

    濱部玲美(ハマベレミ)|編集者・株式会社KUUMA(クウマ) 代表

    神戸に生まれ、東京、大阪に暮らし、また神戸に戻る。犬や猫、魚、亀、ハムスター、虫などが家にたくさんいる環境で育ててもらい、ムツゴロウさんをリスペクトする幼少期を過ごす。新卒で就職した会社(リクルート)では部活動のような熱気とともに朝から晩まで広告を作り続けて5年で退社。とにかく好きなことをしてみようと飲み歩いていたら、今に至る。言語が異なるものと学び続ける。遠く思える文脈を混ぜ続ける。アクシデントを面白がり続ける。を、大事にしながら、あらゆる媒体をつくる編集者として活動中。料理人の夫と夫によく似た息子、私によく似た犬、もうすぐエジプトに行くらしい母と一緒に暮らす。
    Instagram:@remmy.37

    掲載日 : 2026.07.14

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