
フード持ち寄りの集まりに良さそうなお店ってある?
同僚のミズリーが教えてくれたのは大正筋商店街の千鶴屋精肉店だった。そこで揚げ物や串焼きのホルモンを買おうと思ったがあいにくの売り切れだった。次に私はロピアの向かいにある守食品へ向かった。割引きの揚げ出し豆腐を1ダース買い、JRで三宮へ。
さんちかにある、どこかの物産展のようなところで笹団子を5つ買った。守食品は地元の人がおいしいと勧める豆腐の名店だが、私はそこで豆乳を飲んだことしかなかった。笹団子は揚げ出し豆腐が不評だった時のささやかな保険だった。しかし、揚げ出し豆腐を食べた仲間たちは口々においしいと言った。
かつて「神戸の台所」と呼ばれた湊川に住んで20年近くになる。いろいろとおいしいお店がある湊川・新開地ではあるが、新長田にもおもしろおいしい店がたくさんあって楽しい。「おもしろおいしい」というのは、おいしさ以外の面白い、魅力的な要素があるということを指す。今年の3月に転職をして、新長田に自転車で通うようになった。そうして私はこの街の面白さに日々魅了されているのだった。
神戸大丸のすぐ北側のブロックに、音楽図書館「フォノテーク」という空間がある。初めてそこを訪れた私が目を丸くして圧倒されていると、先に来ていたOvercoat’sのDoraちゃんが私の心を読むように「部室」と言って悪戯っぽく微笑んだ。
フォノテークは無数の書籍やCD、レコードや音響機材に囲まれた、まさに「永遠の音楽愛好会」の部室、というような雰囲気の場所だった。麻人さんやヒロさん、いつものKDMのメンバーに加えてDJシンデレラハネムーンことずーしみがいた。巨大なJBLのスピーカーは静かに立ち尽くし、FOSTEXのモニタースピーカーだけが鳴っていた。モニタースピーカーとはDJがサウンドチェックをするためにDJに向いて設置されたスピーカーのことである。通常、メインのスピーカーは客席に向かって音を届けるはずだが、そのためのJBLは鳴っておらず、つまりレコードをかける選曲者だけにスピーカーが向いているという特殊なレイアウトだった。
この日は無機質なexperimentalや浮遊感のある電子音楽を中心に選曲した。大丸を背にDJブースに立つと、白いFOSTEXから鳴る音が意外にも心地良かった。目の前のテーブルで音楽談義やマッサージに興じる仲間たちとこちら側は同じ空間のようで、例えばマジックミラーの取調室とかガラス張りの手術室のように、見えない壁で分割されているような不思議な感覚があった。そうして、他の誰かが時々私の隣に来て(見えない壁のこちら側に来て)心地良い音を浴びながら、私がかけたレコードのジャケットを手に取って見たりするのだった。境界線はいつだって私たちの意思によって手放される。
5月に丸五スパイスアップで「〜On free borders〜」という個展を開いたCBAさんという抽象画家との出会いは、私の中で、あるいは新長田という街にとって、特別な意味を持つ化学変化だったと思う。
私とCBAさんは、アートや音楽における抽象表現やその社会的な価値についてかなり熱く語り合った。そうして、新長田の文化の伸び代について夢を語った。生と死が美しく絡み合う下町としての魅力、そこに住まう濃い人々による悲喜交々の群像劇と強烈なコミュニティ、若きアーティストや獣のような舞踏家たちの張り詰めた息遣い。はっきり言ってこんなに面白い街はそう無いと思う。だからこそ私たちはこれから深めていくのだ。芸術や表現についての議論、そしてレコードの文化を。
CBAさんの個展期間中、スパイスアップは何度か夜営業をした。私はそのうち3回BGMを担当した。夜の丸五市場にアバンギャルドな音楽が怪しく響き、壁に配置されたCBAさんの抽象画たちも踊り出しそうに見えた。そうして私たちはスパイスアップの継続的な夜営業の可能性、アーティストがアートや音楽について語り合う拠点としての可能性について語り合ったのだった。私はそれに「spice warp」という名前をつけた。境界線はいつだって私たちの意思によって手放される。
7月25日に丸五市場で古本とレコードのマーケットが開催される。私と仲間たちが世界中の楽しいレコードを鳴らし、出品する予定だ。
この5年、国内のレコードの売り上げが増加しているらしい。レコードの魅力とはなんなのか、ぜひ、新長田の人々にも関心を寄せて欲しい。人の手と自然の営みと神々の気配によって生み出されるあらゆる美しいもの、すなわちアートや音楽と呼ばれるものたちの秘密を解き明かす手がかりとして、レコードはその豊かな螺旋をうるうると揺らしながら回り出すだろう。
フォノテークに話を戻すと、とても愉快な夜だった。仲間たちがかけるレコードそれぞれにその人の個性が感じられたし、音楽の話に夢中になる大人たちの、少年のような熱っぽい眼差しが愛しかった。まさにそこは部室だった。好きなものに囲まれて、好きなものについて語り尽くせることは幸せなことだと思う。
Doraちゃんは今日も幸せそうに笑っていた。私はずっと訊きたかった質問をした。「Doraちゃんには悩みとかあるの?」と。勿論、「まるで悩みが無いかのようにいつも幸せそうに見える」という、好意的な印象をベースとした質問だった。彼女は「あるよ〜」と言って笑った。そうして、自身を「根暗だし人見知り」と言った。かくして「ジョハリの窓」は予測不能に立ち現れる。人間は謎めいている。秘密を隠し持っている。言葉を交わし、秘密を分かち合うことで、物語はより深く響き合う。境界線はいつだって私たちの意思によって手放される。
私にも秘密がある。この日記によって私はその秘密の鍵を手放そう。開かれた窓の向こうの誰かに宛てて。
私は5歳の時に死に直面したことがある。生きていて良かった。そう思わせてくれるもののひとつとして、レコードやその魅力を分かち合う仲間たちとの出会いがある。

森幹雄|DJ/オーガナイザー
音楽イベント「Boys Don’t Cry」「bloodsport」のほか、映画「美しき緑の星」の上映会などを主催。デザイン専門学校卒業後、大阪で広告代理店に入社するも睡眠と社会性が足りず4ヶ月で退職。その後障害福祉に20年以上従事したりちょっとだけweb制作に携わる。レコードDJやイベント企画を2023年より開始。「異端でありながら継ぎ手であるという矛盾」を抱きながら神戸を中心にじわじわと認知される。2025年6月、WAGOMU Climbing Gymで音楽イベント「bloodsport EiEiOH」を主催、乳幼児や障害者を含む130名の入場者と共に楽園のごとき光景を描く。ジャンルに捉われない自由で大らかな選曲に定評がある。モットーは、無理なく楽しく心地よく。instagram: @mikio_blood
掲載日 : 2026.06.12


