地下鉄海岸線「和田岬駅」近くにある、まちの電器屋「タケヤス」。店の主人である義父・竹岡政繁さんとともに店先で出迎えてくれたのは、画家の田岡和也さん。両手で運べるほどの画材で、兵庫区の景色を絵として記録してきた「兵庫景」シリーズのお話や、在住クリエイターたちの遊び心もやさしく受け入れてくれる和田岬の魅力についてお話を伺いました。
文:柿本康治 写真:岩本順平
まちの人との接点
タケヤスは妻の実家で、電器屋の奥にはお義母さんが営むヘアサロンがあります。和田岬に住んで十数年経ちますが、初めは知り合いもゼロの状態。お義父さんが紹介してくれて、神戸市役所近くの「おむすびや さくら」の壁画や、タケヤスの近くの喫茶店「樹里」に飾る絵を描くことから、和田岬での活動がスタートしました。そのうち、近所の人から「絵を描いてるタケヤスのお婿さん」と呼ばれるようになり、ヘアサロンに通う婦人会の会長さんから「和田岬駅の構内にあるウィンドウギャラリーが空いてるから展示してほしい」とオファーがあって、定期的に展示をするように。そこでの展示を観た人からのご縁で、神戸市立兵庫図書館や駄菓子屋「淡路屋」さん、神戸アートビレッジセンターなど、2年間で7ヵ所くらいに巡回しました。絵の下に短冊を貼り付けて、観た人が感想を書いたり、シールを貼れるようにしているから鑑賞者とのコミュニケーションも深まって、展示を重ねるごとに知り合いが増えていきました。お義父さんは「和也くんは行動力があるから、何でも形にできる。町内会の運動会でも音響係をやってくれたり、人柄もいいからまちにすぐ馴染んだ」と人に話してくれますが、タケヤスがなければ、ここまでご縁は広がらなかったのではないかと思います。
画風の転換期
近年描いている「兵庫景」シリーズは、兵庫区のまちを歩いては景色を眼と写真に写して、記憶のかけらをコラージュするというもの。2017年から2年半、単身赴任で暮らしていた福岡の太宰府で生まれた手法です。またもや知り合いがいない状態で暇になって絵を描きたくなったものの、画材は和田岬にほとんど置いてきていて。近所のディスカウントストアに行ったら折り紙と水性マーカーしかありませんでしたが、ひとまず買って帰りました。遠くに来たら見慣れた兵庫の風景が恋しくなって、描いては感傷に浸っちゃって(笑)。手を動かすのが好きなので、1時間ほどで1枚作るペースでやっていたら、「これおもろいな。作り続けたら展覧会できるやん」って考えながら熱中しました。福岡では、現地のアーティストにも影響を受けましたね。ファッションとアートをベースに作品づくりを行う若い女性がいて、彼女自身が育てた野菜で仕立てた服のインスタレーションを行っていたりと、生活のなかに制作という行為が自然に入っているというか。その人の周りにはスケボーをしたり、音楽をつくったりする人たちも集まっていて、福岡にいながらSNSを使って全国に作品の情報を発信できていて。無理をしないアートや生活そのものに、感銘を受けました。現代美術のフィールドで美術館や商業的なギャラリーでの展覧会に価値を感じていた時期もありましたが、福岡時代は現在のスタイルへの転換期でしたね。
下町に馴染む絵
昔から漫画やグラフィティ(*1)のようなカウンターカルチャー(*2)が好きで、その影響は強いかもしれません。ファミコンみたいなレトロなものも好きです。今よく使っている折り紙も、日本人が多かれ少なかれ触れてきた画材だからか、スッと手に馴染みました。昔、大学の油絵の授業で「肌の陰影を描くときは、つなぎの色をつくって自然になるように色をつなげましょう」と教えてもらったんですけど、全然うまくできなくて。チューブから出した色をそのまま使って、絵具は混ぜずに切り絵みたいな絵ばかり描いていました。その色彩感覚が、折り紙での作品にも残っています。和田岬や福岡での生活を続けるなかで、大きいキャンバスに綿布を張って油絵を描く従来のやり方は部屋の狭さと合わないことに段々気づいてきて、暮らす環境に適したアートへ自然と変わっていった気もします。神戸の街をよくモチーフにしていた版画家の川西英さんの作風が好きで、「兵庫景」シリーズはそのオマージュの意識はあるけど、同じものをつくってもつまらなくて。川西さんの絵は観光視点で風景を選んでいるように感じますが、僕の作品は川西さんが描かない「リアルな下町の神戸」です。
*1 スプレーやペンキを使い、公共の壁などに描かれる文字や絵
*2 主流の文化的慣習に対抗する文化
誰のためのアートか
和田岬の魅力は、自分が考える無茶なことも受け入れてくれるところ。2021年12月に和田神社で「こどもフェスタ」というお祭りがあって、「カルチア派」というチームの仲島義人さんと遠矢浜に流れ着いたゴミを釣るワークショップを開きました。浜で拾った革ジャンなどをブルーシートの上に並べて、「お代は地域最安値、なんと1円です!」という謳い文句で始めてみたら行列ができて、10回くらい釣る子どももいて。持ち帰らずにリリースする場合はゴミを分別してもらいました。大人のイタズラ心にも寛容なこのまちが好きです。僕の思いつきではありませんが、昨年は和田岬の銭湯の浴場を会場として、裸で観る作品展「兵庫景イン笠松湯」も行いました。笠松湯とのご縁の始まりは、息子と入浴した後に飲んだラムネの絵。落書き帳に僕が描いた絵を見た番台の方から銭湯のプロモーションビデオに使いたいと相談があり、そこからバッジやマグネット、Tシャツなどグッズ制作もご一緒する間柄になりました。一部のお金持ちのためにあるアート作品ではなく、地元やそこで暮らす子どもたち、身近な人たちに喜んでもらえる作品づくりが今は楽しいです。子どもが多く参加するワークショップを年に4回ほど開いていて、世代を越えてものづくりの感覚を共有できることがすごくおもしろいんです。近所の人に餅つきの仕方を教えるおじいちゃんみたいやけど、それもええなって思います。
画家
田岡和也(タオカ カズヤ)
香川県生まれ。機械メーカーに勤務しながら、休日は絵を描いたり、ワークショップを開催することで地域プロジェクトと関わる。主な展覧会として「マイホームユアホーム」(芦屋市立美術博物館/2013年)、「兵庫景」(神戸市立兵庫図書館、神戸アートビレッジセンターほか/2018〜2019年)、 「六甲ミーツ・アート芸術散歩」(六甲山/2020年)、「下町芸術祭」(新長田/2021)など。そのほか、2015年、和田岬に鎮座する和田神社の拝殿天井面を妻の田岡亜依子と共同で制作。2021年、神戸市交通局のPV「ふかく、ひろく、ひろがる」に出演(https://youtu.be/dvU4I3wxzEE)。
掲載日 : 2022.02.01