リノベーションされた空き家や空き地に伺ってリポートする不動産コラム。第20弾は、長田区東尻池町で生まれ変わったばかりの長屋住宅。4軒つながる長屋のうち東側2軒を購入・リノベーションし、現在入居者募集中とのこと。住む人に合わせて形を変えていけるよう、余白の残る構造になっています。この物件のオーナーであり、長田区でレンタルスペース「r3」を運営する建築デザイナーの合田昌宏さんに、改修を行った経緯や今後の展望についてお話を伺いました。
物件との思いがけない出会い
神戸市営地下鉄の苅藻駅から徒歩8分。どこか懐かしさを感じる街並みを歩くと、今回紹介する物件のある長屋路地に到着します。戦前から立っていると想定される築100年以上の長屋。その佇まいは、この町をずっと見守っているような貫禄を感じます。
合田さんがこの物件に出会ったのは、2022年の春頃。長田区二葉町にあるガラス屋さん「旭屋ガラス店」の3代目のガラス職人の古館嘉一さんと昨年テレビに出演したのが事の始まりです。番組は古い建物とそれに付随するガラスを紹介するという内容でした。
その放送を受け、合田さんの友人である物件の旧オーナーから連絡があり、古館さんとともに長屋に残されているガラスを見に行ったそうです。
かつての生活の様子を残したまま長く使われていない物件を見て、合田さんはガラスだけでなくこの建物の今後が気になり、旧オーナーに尋ねると、2週間後に取り壊す予定だとわかりました。
「この家欲しい!ってその場で言いました。どんな風に使っていけるかまだイメージは沸かないけど、壊すぐらいならとりあえず欲しいって。」
旧オーナーはすぐに業者に電話をし、解体工事は運良くキャンセルできたため、思いがけず物件を引き継ぐことになりました。
思い出がそのまま残る家
この長屋は、旧オーナーが生まれ育った実家で、長屋の東側の家は、30年ほど前に建て直しましたが、数年前に一人暮らしの母が亡くなってからは、当時のままだったそうです。
「解体するしかないと思っていたらしいです。でも、生まれ育った場所やし、4軒長屋なのに自分の家だけ解体するっていうのは気が引けたみたいで。だから、僕が引き継ぐことになってすごく喜んでました。」
物件には当時の荷物がそのまま残っていたため、作業はゴミ捨てから始まりました。工事に入る前に何度も物件に足を運んでいく中で、ご近所の方と積極的にコミュニケーションをとるようにしていたと合田さんは話します。
特に壁一枚で家がつながっている長屋は、改修工事の騒音や振動が直接伝わります。ご近所とのトラブルは、工事の停滞や中止だけでなく、今後ここに住む人にも影響が出てしまいます。そのため、オーナーとしてご近所の方との関係性づくりを大切にしたそうです。
古い建物を改修する場合の大変さは、内装をめくってみないとわからないところ。骨組みを見てみると、本体の構造が歪んでいたり、柱が繋がってないところがありました。
特に、西側の家は、4軒長屋の真ん中にあるため、左右の家と隣接した状態で強度が保たれる構造ですが、30年前の建て直し工事で補強がされていなかったため、床も柱も約10cm傾いていたそうです。
傾きを直せば解決するわけではなく、直す事で隣の家との間に隙間ができたり、更に傾いてしまうこともあります。そのため、骨組みの内側に新たに骨組みを建てるような形で補強していきました。当初は1ヶ月ほどで改修が終了する予定でしたが、骨組みの工事は10月から3月末の約半年間に及びました。
裏方仕事に遊びを持たせた場
時間をかけたのは、修繕だけではありませんでした。普段は表に出てこない職人さんにアイデアを出してもらい「下町ヤンチャな落書きポップ」をテーマに、これまでやりたかったけどできなかったことや、普段はやらないようなことに一緒に挑戦してもらいました。
「いつもはお客さんの意向を聞いて、僕の方で絵を描いたり設計図をつくるんです。だから、職人さんが表に出てこない仕事ばっかりしているけど、今回は僕の物件でもあるんで、好きなことをしてもらおうと思ったんです。」
まさに、ここが今回の合田さんのこだわりポイント。合田さんと職人さんたちの「下町ヤンチャな落書きポップ」をご覧ください。
【西側の家1階】
キッチンとトイレ以外は土間打ちで、広い空間となっています。普段壁の中に埋めてしまう電気の線は、実はいろんな色があるそう。カラフルな配線が天井を遊んでいるようです。トイレのペーパーホルダーもチューブ形のLED照明で作られています。
入口付近には、合田さん設計の象徴である枝付き丸太が出迎えてくれます。合田さんのことを詳しく知りたい方は、こちらもご覧ください。
【西側の家2階】
クルクルと撒かれた配線は職人さんの遊び心。チューブ形のLED照明器具は、自由に引っ張ったり、要らなければ取ることができる「誰がどう使うか?わからないので」と言う合田さんのアレンジです。
【東側の家1階】
1階には、キッチンスペースとトイレ、お風呂を設置。腰窓から差し込む陽光が床と天井の木材に反射し、柔らかく温かい空間が広がります。
【東側の家階段】
この階段は、当時のものをそのまま残しています。
【東側の家2階】
2階は、天井板を撤去したため建てた当時の構造体が見え、広々と開放的な空間が広がります。
南向きのバルコニーは、日当たりがよく、洗濯物を干すのにピッタリ。
家の裏側は緑が生い茂り、窓から木が見えます。
【改修以前の路地】
こちらは改築前の外観写真。長屋前は、自分の家からはみ出すように自転車や花壇が置かれ、下町名物の「はみだし」が見れました。
【現在の路地】
今後は、家の前壁を現在の状態から90cmほどセットバックし、ベンチが置けるスペースを作る予定とのこと。家の前で誰かが座って話をしている、そんな景色がこれからここで見れるかもしれません。
町の人が集う空間
長田区の真陽地区で18年間暮らしてきた合田さんにとって、この東尻池町という場所は神戸市内の移動で通り過ぎるだけの地域でした。しかし、自宅の改修工事を機に、2022年から1年間東尻池町で仮住まいをし、毎朝晩犬の散歩で歩き回ったため、徐々にこの町の様子が見えてきたと話します。
「住んでみると予想以上に新築の家が多いと感じました。そんな新しい建物が増えている地域で、今でも残っている古い街並みを守りたいと思ったんです。それに、工事に行くといつも挨拶してくれるおっちゃんやおばちゃんがいて、そういうコミュニティを大切にしたいと考えていたら、「共有」というキーワードが出てきたんです。」
この町で暮らし、住民たちと時間を共にする中で、「共有」をキーワードにこの物件の展望が見えてきたそうです。
「最低限の機能しかつけてないので、DIYとカスタマイズが好きなのは大前提なんやけど、東側の家は町のお節介さんみたいな人たちに住んでもらいたい。周りのおじいちゃんおばあちゃんや子どもたちとのご近所付き合いが好きな人とか、料理好きな人とかね。」これまで地域の人と関わる機会がなかったけれど、この物件を機に町の人と積極的に繋がりたい「ニューお節介さん」も大歓迎とのこと。
また、西側の家は制作活動をする人が住まい兼アトリエとして使いつつ、オープンスペースにもなって欲しいと考えているそうです。「1階部分は、アーティストの制作活動の場になったり、雨が降ってきたら町の人がそこで雨宿りする場所になったらいいなと思っていて。だから、1階の壁面には、アーティストのCBAさんに絵を描いてもらいました。西側の家はお風呂がないので、隣の家に「今日、風呂屋休みだからお風呂貸して〜」って気軽にできるような関係が生まれたら面白いかなと。大きくいうとシェアハウスみたいな。」
現在、この物件は見学会実施中です。真野の町で新しい暮らしのカタチを考えたい方は是非。
掲載日 : 2023.07.05