「今夜、シタマチで」と題しての飲み歩き企画、今回は和田岬エリアへ。 まちを案内してくれたのは、和田岬きっての人気角打ち店「清水酒店/わんまいる 清水」の店主にして、和田岬まちづくり協議会 会長の清水功さん。生まれ育ちもこのまちという清水さんならではの和田岬の夜となりました。
文:竹内厚 写真:岩本順平
清水さんと待ち合わせたのは夕方の18時、「インド料理ニーラム」で。
到着して、「あ、この場所知ってるな」と思ったのは、市道・高松線の角地にあるニーラムの前を海側へと向かうと、和田岬で知られた駄菓子店「淡路屋」に続く道だから。ここにインド料理屋ができたという話を淡路屋の伊藤さんから10年以上前に聞いた気がするな〜なんて思いながら、店へ向かう。
「お待たせしました」と現れた清水さん、まち協の会長という役職を先に伺っていたせいもあってか、ちょっとコワモテな第一印象。早速、「インドビールって飲んだことあります?」ということで、キングフィッシャーで乾杯。アテになりそうなメニューも豊富で、まずはお店のオススメにしたがっていくつか注文した後は、料理ができあがるまで、界隈の話をいろいろと聞いた。
スタジアム(現名称はノエビアスタジアム神戸)ができて20年以上になるけど、試合後、いまだに観客はほぼ和田岬を素通りして帰ってしまうこと。西隣りの御崎公園駅側との地域連携があまりないこと。この数年で地元コミュニティと楽天(ヴィッセル神戸とスタジアムの運営)の協力関係が生まれつつあること、などなど。
「サッカーのお客さんは当てにしてない店がほとんどちゃうかな」なんて、まちのナマな話を聞きながらだと、どうしたってビールが進む。けど、これも後から聞いた話だけど、清水さんは実はほとんど酒を飲まない。外で飲むことももかなり珍しいんだそう。
そんな清水さんが1軒目にニーラムを選んだのは、外観のとっつきにくさと中に入ってみたときの雰囲気がかなり違っていて、「それ、僕の店(清水酒店)もそうですけど、このへんの店に多くて。どこも間口はあまり広くないでしょ」。宣伝下手というのか、ナチュラルな店経営というのか、勇気を出して入ってみたら中は天国だった、というのはシタマチの“店あるある”かも。
なんて話をしている間に、料理がどんどん届き始める。今回は単品で注文したけど、タンドリーチキンなどがセットになったインドビールセット990円もよさそう。はちみつもたっぷりかかったチーズナンはコレだけでも十分にアテになる。
ちなみに、ニーラムの開店は2010年。もともとは違うオーナー、違う店名で開店したものの、料理長は変わらずにずっとワキルさんのまま。現オーナーに代わった2012年頃に、ワキルさん念願の「ニーラム」へと店の名前を変えて以来、このまちで愛される店となっている。
「ニーラムというのは私の娘の名前だから、ずっと付けたかった名前。けど、前のオーナーがダメだっていうから。今はインドで学校を卒業した娘もこっちに来て、その後で嫁と息子も来ました」とワキルさん。
とかなんとかニーラムのちょっといい話を聞いてるうちに、清水さんのケータイに着電あり。常連のみんなが待ってるから早く店に帰ってこい、とのこと。事前に取材の話は伝えてあったので、その取材とかカメラマンとかはまだなんか〜となってるらしい。というわけで、急いで清水酒店へ。ニーラムからは徒歩5分ほど。
清水酒店には19時45分頃到着。酒屋の「清水酒店」、立ち飲みの「わんまいる 清水」が内部でつながっている形式。この時間だと営業しているのは「わんまいる 清水」だけ。
入店するとコの字カウンターにお客さんがぎっしり。すき間を見つけて入りこむ。
清水さんは、といえば、自然とカウンター内に入って、生ビールを注いだり洗いもんをやったり、余計なことも言わずに働いている。さすが! 動くスピードもこころなしか1.5倍速に見えるような…。
「忙しい時間帯にご亭主を連れ出してすみません」と、ここまでワンオペでまわしていた奥さんにわびる。ただ、その答えは予想外なものだった。「店にいないのはいつものことなんで全然平気ですよ。おってもおらんでも一緒(笑)」。常連たちからも「その逆は無理やけどな」と合いの手が入る。
実は清水さん、料理がまったくできないそうで、ちょっと奥さんがはずした合間に調理の必要な注文が入ると悪戦苦闘、なかなか大変なことになるのだそう。
清水さんのご両親が創業した「清水酒店」。18時頃まではお母さんもまだ立ち飲みの店頭に立っているという。奥さんが写真に写るのはダメというのが残念だったが、とても朗らかな方でお客さんが集まるのも納得。そして実は、「私も主人も飲めないんです」という。
だからなのか、常連の集まる立ち飲み店ってその輪に入っていきづらいところもあるけど、こちらは清水さんご夫婦がカウンター内で店の雰囲気を守りつつ、ほどよい感じでまわしてくれるので安心。店に置く日本酒の品揃えなどは「常連の飲べえに何がいいか教わりながら」やってきたのだそう。
新長田の肉屋「まるよね」から仕入れる生せんまいと、常連たちのボトルキープ棚。
店休日には定期的に麻雀大会も開かれているそうで、それも30年ほど続くこの店の習慣。遠く名古屋や岡山からも卓を囲みにやって来る人がいるのだとか。
というあたりで、常連たちは兵庫駅前のカラオケスナックへと向かって行った。それじゃあ、とこちらも最後にもう1軒行くことに。目指したのは笠松商店街にある「ショットバーBUZZ」。
時刻はもうすぐ21時という頃。コロナ前に比べるとこのあたりの時間帯の人出がまったく戻ってきてないという。
BUZZはダーツあり、パチンコ台ありなカジュアルなバー。…けど、入店するなり「いっときますか」と気さくに店主の平井義也さんに勧められたのが昆虫系の酒とアテ。ほんとポップコーンでも勧めるような感覚で、気負いなく提案されるのが逆に新鮮。ゲテモノという感覚はもう古いのか。
平井さん曰く、単に人を驚かせるのが好きで始めたもので特に深い意味はないそうで、慣れてしまえばなんてことないもの。仕入れも、というか、セミやカナブンなどを近所でつかまえて食材にするだけというざっくりぶりで、「うちの子は夏になると毎日のようにセミ食べてます。タダですしね」とにっこり。そう言われてみれば、そんなに騒ぐほどのことでもない気がしないでもない…。
上のお酒は、アルゼンチンモリゴキブリを漬けたデュビア酒ソーダ割と、ジャイアントミルワームを漬けたG.M.W.酒ソーダ割、いずれも600円。これらはちゃんと仕入れた食用のもの。左下は近所で獲ったセミのラード揚げ、1匹100円、ちゃんと塩味も効かせてある。
「俺、まだセミデビューしてないねんな」と言って、セミを1口で食べてくれた清水さん。1軒目では普段飲まないビールも付き合ってもらって男気満点。筆者は食べませんでした…。
清水さんとこちらの店主の平井さんは、和田岬まちづくり協議会で一緒に活動する仲。
「そもそも、地域活動にはまったく熱心じゃなかった」という清水さんが、まちに関わり始めたのは5年前、ある消防団団長の影響もあってだそう。そして、清水さんよりも下の世代の平井さんは、地元発のクラフトビール「和田岬ビール」を生み出したり、ヴィッセル神戸の試合がある日に笠松通商店街での「ワダミ市」を始めたり。互いに「こういう人がもっと地域に増えたら」と言いあうほど、助け合って和田岬のことに取り組んでいる。
ふたりで話し始めると、今年の夏祭りの出店者の具合はどうか、だとか、次々と地域の相談が始まる。昆虫酒と熱いまちの話、あまり聞いたことのない組み合わせだけど、ここではそれが何の違和感もない。
清水さんが会長になってからは、まちづくり協議会の議事録はFacebook上で完全に公開。楽天の協力も得て、スタジアム内人工芝での夏のラジオ体操も始まった。「地域のことには関わりたくなかった」という言葉が信じられないほどに、2人でずっとまちの話が続く。年の差はあっても、生まれも育ちも和田岬の2人。本気でまちに関わり始めて、今がいちばんやり甲斐のある頃合いかもしれない。もちろん、大変なことも多いだろうけど。
帰り際、清水さんのお迎えがてら、再合流した清水さんの奥さんが教えてくれた。「私は店のことだけで手一杯やから、地域のことは絶対にムリなんです。そこは主人がすごくやってくれてます」。ただ、それぞれのできることを精一杯やるだけ。そんな気持ちのいい和田岬の夜だった。
掲載日 : 2024.07.24