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神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン

シタマチコウベ

今夜、シタマチで

にっこり新長田編 by柿本康治

vol.27

2020.12.16

「今夜、下町で」第22弾の今回、訪れた下町は「新長田」。シタマチコウベのエリアではとりわけ綺麗なビルが立ち並ぶ再開発エリアを隣町?塩屋からきた、旧グッゲンハイム邸を拠点に活動する3人(途中から4人)のクリエイターがめぐりました。文章は最近塩屋に拠点を移してきた編集者の柿本康治さん。 綺麗なビルにも息づいていた下町をご覧ください。

 

文:柿本康治 写真:岩本順平

 

 

 

「時わぁ~~、時わぁ~~、今もぉ~~、過ぎてゆくぅ~~~♪」

 

 

取材で訪れた新長田の焼肉店に、69歳のビブラートが響きわたる。14年間暮らした東京を離れ、地元神戸のほうへ戻ってきて早1ヵ月。僕はなぜか、元牧師で、元歌手で、金髪ピアスのマスターが歌いあげるシャンソンの名曲に耳を傾けていた。この人が過ごした日々も不思議なものだけれど、マスターと出会った僕らも人生の妙といえる一夜を過ごした。

新長田に18時。聞いていたのはそれだけで、どこに行くかも知らないままJR新長田駅に着いた。20分ほど早く到着したから駅前の広場で待とうとしたが、夜風で身体が冷えてたまらない。駅から散りぢりに歩いていく帰宅ラッシュの流れに乗って、知らない街を少し歩いてみよう。

 

神戸はふるさとなのに、知らないことのほうがよっぽど多い。中学・高校時代は大阪に通っていて、神戸で遊ぶことも少なかった。帰ってきたいまも、旅先のように街を歩く。ただ、時折知らないと思っていた風景に過去の映像が重なる瞬間がある。幼いころに歩いた神戸の記憶が蘇るのだ。元町の「淡水軒」で水餃子を買って帰る父の姿。夕暮れどき、茜色に染まる花隈公園前の坂道は母と歩いた。

 

もちろん、思い出したくない記憶だってある。ポートライナーの車窓から外を眺めていて、見覚えのある建物があった。小学校1年生のとき、読書感想文コンクールの授賞式で訪れた場所だ。泣くほど作文がきらいで、母がほとんど内容を考えてくれた読書感想文が受賞してしまったのだ。当時は胸を張って自分が書いたとはとても言えなかったけど、人に話すときは「いまこうして文章を書く仕事が出来ているのは、そのときの恥ずかしさがバネになったから」という美談にすることにした。

 

知っている神戸と、知らない神戸がある。新長田は家族で来たこともない“知らない神戸”。駅から少し離れて散歩していたら、焼肉のいい香りが漂ってきた。店はどこか分からなかったものの、代わりにキムチ屋を見つけた。少し歩くとまた別の焼肉店。長田区は全国有数の焼肉店の多いエリアで、肉の部位によって店を選んで食す玄人もいるらしい。今日は隙あらば焼肉をリクエストしよう、と心に決めて駅のほうへ戻った。

 

駅前には顔馴染みのおふたりが待っていた。イラストレーターの山内庸資さんと、デザイナーの藤原幸司さん(4S DESIGN)。

山内庸資さん/藤原幸司さん

 

ともに、垂水区塩屋町にある洋館「旧グッゲンハイム邸」のシェアオフィスでご一緒している。2020年1月に初めて塩屋を訪れて、事務所の窓から見える海の景色にひと目惚れ。オーナーの森本アリさんから「借りてみる?」と言われてすぐに返事をして、いまに至る(森本アリさんの「今夜、シタマチで」の記事、前書きが異例の大作なのでぜひご覧いただきたい)。

 

シタマチコウベのディレクター兼同行カメラマンの岩本順平さんも登場。メンバーが揃ったところで、駅の南側にある大正筋商店街へ歩を進めながら、今夜の行く先を相談。本連載ではこれまで、新長田であれば人情味あふれる個人商店を中心に訪れていたこともあり、現在歩いている“再開発エリア”と呼ばれる場所を巡ることにした。阪神・淡路大震災で甚大な被害を受け、復興した地区だ。何を食べようかと話すうちに、見慣れた看板が見えてきた。

1軒目「鬼平コロッケ 新長田」

 

 

震災後の神戸で創業した揚げ物屋。長田区を中心に、神戸市内で多店舗展開している。JR塩屋駅前のお店にはチキンカツサンド(330円で大満足!)があって、大変お世話になっている。こちらはスタンディングのイートインスペースがしっかり併設。お酒もばっちりある。頼んだのは、鶏しそメンチ、ぼっかけコロッケ、鬼平ミンチカツ、から揚げ。揚げたてをフハフハしながら、各自ビールやハイボールでグビグビと喉を鳴らす。安い、早い、美味いの三拍子にやられて、リズムよく、もう1杯、2杯、3杯といきたくなる。揚げ物スパイラルにはまった我々は、果たして焼肉に辿り着けるのだろうか……。

 

山内さんはお子さんが生まれる前、しばらく長田区に住んでいた。この辺りの食材店にも買い物に来ていたらしい。シェアオフィスではお互い集中して机に向かっているし、するとしても仕事の話が多い。半屋外で気持ちもオープンになれば、普段は聞かないプライベートの話も自然と出てくる。熱々のメンチをつまみつつ、温度感のある神戸トークが出来ることをうらやましく思う。僕が感じている“知らない神戸”というのは、街にまだ馴染んでいない自分の、ちょっとしたコンプレックスのこと。神戸を離れていた空白の14年間のうちに、浦島太郎みたくなっていたようだ。こうして人伝いに、あらためて神戸のことを知れるといいのかもしれない。

商店街の放送で流れてきたメロディーは、神戸出身で長田に所縁ある漫画家・横山光輝さん原作のアニメ「鉄人28号」の主題歌。「長田で暮らしてる人は、結構歌詞覚えてるんですよ。鉄人! 鉄人! どこへゆく~♪」とナイスポーズで歌う山内さん。楽しくなってきて、「おかわりしましょうか」と言いかけたとき、お店の人から間もなく19時閉店だと告げられる。

 

「まだまだ食べられるようであれば、もう1軒、揚げもん行っちゃいますか?」

 

ガイド役でもある岩本さんの提案に、僕と藤原さんは乗り気。奇しくも本日は金曜日、“フライデー”ナイト。揚げ物日和なのだ。まぁ、揚げ物好きに曜日など関係ないのだけれど……。「まじかー。揚げもん連チャンとか、若いな~」とぼやく山内さんと笑いながら、歩いて1分のアスタプラザイースト2階へ。

2軒目「串樂」

 

 

カウンター席もあって、テーブル席は2人掛けと4人掛けがある。席間をしっかり取っているから、串カツと一品料理を落ち着いて味わえる店だ。おなかの空き具合にあわせて、好きな串を1品ずつ頼むことにした。大皿にドーンと放射状に並ぶ串カツ。家族連れもきっと楽しい。なんだかんだで、1人5本ずつほど頼む。やさしい店員さんが説明してくれたはずなのに、終盤になるとどれが何の串だったか忘れてしまうおじさんたち。揚げ物あるある。衣が薄めでサクサク軽い食感だから、さらりと平らげた。次来るときも、キスとレンコンは頼むだろうな。藤原さんは白ワインへ、山内さんと僕はレモンサワーへ。お酒の進む店だ。

イラストレーター、デザイナー、編集者、カメラマンが集まったということで、神戸のクリエイティブ談義に。観光や産業の振興、景観づくりといった分野でもデザインに力を入れてきた神戸。平成20年、ユネスコ創造都市ネットワークの「デザイン都市」にも認定された神戸だけれど、引越してきてよく聞くのは人材が少ないということ。後進育成など業界トークはヒートアップし、もう1人、未来の神戸に関わる重要人物を急遽呼ぶことになった。居心地がよくて長居してしまったが、合流先を決めて向かうことに。

 

「次どうしましょうか。長田といえばの焼肉、行きます?」

 

と岩本さんに訊かれ、「行きましょう!」とすぐさま答える僕と藤原さん。「こっから焼肉とかうそやろ……。俺は絶対無理やー!」と嘆く山内さんをなだめながら、アスタプラザイーストの外をぐるりとまわって次の目的地へ。

 

3軒目「玄萬亭 新長田本店」

 

 

中に入ると、若い男性客や家族連れなど、さまざまな客層で賑わっていた。すでに22時をまわっていたが、ここで、神戸市クリエイティブディレクター、平野拓也さんが合流。遅い時間にもかかわらず、わざわざ垂水区の塩屋町から電車で来てくれた……! 神戸のクリエイティブトーク、後半戦がスタート。神戸の未来は焼肉屋から始まる。

 

小瓶に入ったマッコリで仲よく乾杯。その名も「にっこりマッコリ」。

3軒目の焼肉に険しい表情をしていた人も、にっこり。外見からもその新鮮さが伝わるタン、ロース、ミノ。網のうえでジュウジュウと焼いていく。「目の前にお肉並んだら、食べてまうなぁ!」と美味しそうにほおばる山内さん。お通しで出されたタンの佃煮は初めて食べた。後を引く味つけで、肉の旨味がお酒に馴染む。これだけで朝まで飲める代物。

 

「長田はお通しが安いんですよね。あと、何かええことあったら焼肉食べに行く人が多いかも。ねぇ、マスター」

岩本さんが話しかけた店主さん。風貌からして、ただ者ではない。眼光鋭く、キャップの下は金髪。耳にピアスがキラリ。聞けば、言えないほどの罪を若いころに犯して悔いていたところ、きちんと懺悔を行えば報われると諭してくれたプロテスタント教会で洗礼を受け、9年前までは牧師だったという。聞けば聞くほど何者か分からなくなるが、元歌手でもあるらしく、アカペラで披露してくれた曲は、シャンソン歌手の金子由香利さんがカヴァーした名曲「時は過ぎてゆく」(原曲:Georges MoustakiIl est trop tard」)だった。

 

眠る間、夢を見る間、唄う間にも、時は無情に過ぎていく。それでも歌に生きる、愛に生きる。そんな人生の儚さと生きる糧について歌った曲だ。叙情を込めて歌うマスター。ほろ酔いで聴く僕ら。ここがどこで、自分が何者であるかなんて、いまは考える必要もなかった。神戸ともっと仲良くなりたいと焦っていた気持ちも、どこかへ消えていった。そして、牧師に戻ったようにマスターはこんな話をしてくれた。

 

「私たちの人生は恵まれたもの。謳歌するためには、ただ1つのことだけをすればいい。それは、愛し合うこと。ラブ、イーチ、アザー。それだけです」

お礼を言って、最後に握手をしたら力勝負になってボロ負けした。剣道2段、握力65キログラムらしい。焼肉屋に行ったら、なぜか愛の讃歌を聴いて腕相撲したこの夜のことを、僕は忘れないだろう。

 

夜も深まった23時前。新長田駅までの道のりにいい店があれば入ることにした。でも、この時間なのにどこも賑わっていて入れない。

 

「新長田に住む人は地元愛が強いのか、コロナ禍でも贔屓のお店にはちょくちょく顔を出してた人が割といたみたいで。ここは閉店前ぎりぎりで入れそうですね」

 

岩本さんが立ち止まったのは、地鶏とジンギスカンのお店。肉の種類は違えど、網焼きでまさかの焼肉2連チャン。男が5人も集まると、少しの無茶が楽しいものだ。山内さんは満腹の峠を越えて覚醒したのか、最初に入店していった。

4軒目「さとり」

 

 

201911月オープン。当日朝にさばかれた新鮮な地鶏を提供していると聞き、大山どりの網焼きを頼む。もも肉の香草焼きと、胸肉のネギ塩焼き。バランスよく脂が乗っていて、ジューシーな肉質からは甘みも感じられる。部位と味を変えたオーダーは大正解。箸とビールがグイグイ進む。ほかに、鍋やすき焼きといった味わい方でも銘柄鶏を堪能できる店だ。

 

宴もたけなわ。さびしいけれど、そろそろシメの時間。大分の高級卵「蘭王」と大山どりのもも肉を使った、卵かけご飯。それと、メニューのなかで気になっていたラーメンを注文。

 

「実はそちらのラーメンがコースの鍋をご注文の方にシメで提供するものでして……。いま残っている材料で作れるものでもよろしいでしょうか?」

 

なんとお店の方のご厚意で、即席のラーメンを振るまってもらえることになった(コース以外の方もリクエストすれば、可能なときはご用意いただけるそう!)。

黄金色に輝く、卵かけご飯。濃厚なとろみが米をやさしく包む。日本に生まれてよかった。そして裏メニューの即席ラーメン。地鶏の出汁と小麦香る柔麺が、飲んべえたちの胃袋を癒す。

藤原さんも僕もお腹いっぱいになり、尻上がりに調子を上げていった山内さんが一番美味しそうに平らげていた。お店の方々に礼を告げ、温まった身体で外に出てみたら、秋の夜風も気にならない。時計を見れば、24時半すぎ。自宅方面の終電はとうになくなっているから、今晩は塩屋のシェアオフィスで寝ることにしよう。JR塩屋駅の駅舎を出たところで、同い年の平野さんと深夜のアフタートーク。少し先の未来が楽しみになる話だった。「若いな~」とにっこりつぶやいて、山内さんは先に帰っていった。

 

26時、ようやく寝床に着く。集合から8時間、飲んでいるとあっという間だった……。焼肉屋のマスターが歌ってたっけ。「時わぁ~~、時わぁ~~、今もぉ~~、過ぎてゆくぅ~~~♪」って。それでもいいや、新長田でいい夜を過ごせたのだから。神戸と少しずつ、仲良くなれたらいいな。ラブ、イーチ、アザー。それだけを忘れずに。

 

 

 

※掲載内容は、取材当時の情報です。情報に誤りがございましたら、恐れ入りますが info@dor.or.jp までご連絡ください。

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