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神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン

シタマチコウベ

下町日記

ほかほか苅藻編 by中元俊介

vol.18

2020.01.13

今夜の舞台は、三ツ星ベルトをはじめとする工場が立ち並ぶ「苅藻」です。飲み歩きでは、韓国料理に舌鼓を打ち、目からウロコの一味違うおでんを角打ちでいただいてから、最後はちょっぴり背伸びしてお寿司屋さんへ。ゲストの中元俊介さんは、アーティストであり、福祉事業型「専攻科」エコールKOBE副学園長を務めます。下町でお酒を飲むことを「清濁併せ吞む」と表現する中元さんと巡る、ゆるりと流れる時間をご堪能ください。

文:中元俊介 写真:太田恵

 

令和元年、12月16日

「なんか今年は、寒なるんかと思ったら暑なって、あったかなったなーと思ったら寒なって、よー分からん天気やったなー・・」
ってゆーてたら、いつの間にかめっきり寒くなって、灯油で熾した火がないと夜は越せなくなってしまった。

 

町の人々は、年の終わりがもうすぐそこまで来ていることに気づいて、アレがないとかコレをこっちにとかと、熱に浮かされたように慌てて冬支度を始めだしたようだった。

 

そんな冬の晩にダウンジャケットを着込んで待ち合わせ。
今日は、地下鉄海岸線「苅藻駅」周辺のお店屋さんをめぐり自由に取材する企画を頼まれたので、気になっていたお店にはいこうと、ホクホクした気持ちで外に繰り出したのだった。

 

待ち合わせ場所は、私の家の近所にある「洋食きのん」。ここのオムライスもめっぽう美味しいのだが、今日は行ったことのない店に行こうと意気込んだので、待ち合わせだけに使わせてもらった。

どんな店だろうか、どんなことを書こうかとフワフワ考えているうちにオーちゃんがやってきた。

 

オーちゃんはご近所さんで、4,5年前に私の奥さんとの繋がりで出会い、今も仲良くしている。引越しやさんで働きながら、フリマを主催したり、フリーペーパーの写真を撮ったり街歩きのコーディネートなどをして生活している。

 

オーちゃんはいつも後光が射しているように見える女性で、元々の顔が笑い顔というのもあるが、いつも笑っていて誰にでも話しかけることができて、明るくて活発。新長田の菩薩、いや、新長田の座敷わらしみたいな存在のようだと思っている。今回はカメラマンとして来てくれた。

今日もニコニコと愛想良く現れ、相変わらず後光が差してるなーと思いながら、どの店に行こうかとか、どんな写真にしようかと少し話して、風も冷えてきていたので早々に店に入ることにした。

まず入ったお店は「韓食堂」。

韓食堂

店内はこじんまりとしていて、カウンターと4人がけのテーブル席が2つくらい。ママ(このあたりでは居酒屋の女将さんをママとか、お母さんとか、あだ名で呼ぶことが多いように思う。その辺の距離感がいかにも下町という感じがして私は好きだ)が一人で切り盛りしていた。

 

オーちゃんはランチに来たことがあったらしく、そのとき食べた「卵チム」という料理が美味しかったそうなのでとりあえず卵チムとビールを頼むことにした。

 

卵チムというのは、韓国語ではケランチムという。ケランが鶏卵、チムが蒸すという意味なのだが、ケランと鶏卵の発音が似ているのには何か意味があるのだろうか。

 

そんなことはさておいて、ママが昔スナックで働いていた時に、飲兵衛たちの〆の裏メニューとして出していたという卵チムをいただくことにした。

昆布で採った出汁と一体になったふわふわの卵が、小さな土鍋の中いっぱいに入っている。茶碗蒸しに似ているが少し違う。茶碗蒸しは完全に卵と出汁が混ざり合いプルンとしているのに対し、こちらは半分ほどそれぞれの素材が残っていて暖かい出汁のスフレのようだ。
熱々の卵チムをハフハフ言いながら一口食べれば、口で感じた温かい旨みが全身にしみこみ、冷え切った体が一気に温まって、ビールもぐいぐい進む。
オーちゃんは最近「踵印製作所」(※)というグループを作ったらしく、そのグループの発足の話や、名前の由来などを話しつつ、次は何を注文しようかと相談していたらハーナがやってきた。

 

踵印製作所とは(※)
似た者同士の集まりで、一日じゅう路地裏探索したりします。工場大好き、路地裏大好き。歩いて見たもの、喋って思い付いたもの、後から誰かが勝手につくる。そんな集まり。Twitter

 

ハーナというのは今回の企画に誘ってくれた女の子。一昨年の下町芸術祭にボランティアリーダーとして参加していた時に出会った。それからは新長田付近に住み着き、よく顔を合わせている。

 

ハーナはまさに無垢が服を着て歩いているというイメージで、どんなことに出会っても目をキラキラと輝かせ、それが激流の中であろうとも勢いだけで飛び込んで平気な顔をして流れの中から顔を出す。淡路島が生み出した神童じゃないかと私は思っている。

 

誘ってくれたのに遅れてくるというのが、なんだかパリで待ち合わせをしているようで、新長田独特の異国感と自由度を感じさせる。とは言うものの「遅いよ!」なんて悪態をつきつつ笑顔で迎え入れ、改めて乾杯し、ヤンニョンチキンを頼むことにした。

 

出てきたのは2人前とは思えない大盛りのチキンの山。ママが「サービス♥今日だけよ」と、取材のために心遣いをしてくれた。
ヤンニョンチキン(ヤンニョムチキン)は韓国風唐揚げのことで、カリッと揚げたチキンにコチュジャンなどの合わせジャンを絡めてある韓国定番のビールのお供だ。カリッと歯ざわり良く揚がっていて、噛めばジュワーッと肉汁が出てきて甘辛味のジャンと混ざり合い、そこにビールを流し込めば、それはそれは至福のひと時なのである。

料理に舌鼓を打っていると隣にはいつの間にか常連の親父さんが座っていて、ホルモンスープ定食とビールを飲んでいた。そしていつの間にか一緒に会話に入り(人と人の垣根がとても低いのが下町の流儀)、今手がけている新しい夢の話をしてくれた。沖縄に福祉事業所を開設しようと、神戸と沖縄を行き来しながら自分で重機を動かし建設準備をしているらしい。その話をしているお父さんが楽しそうで、昔からの夢を語るその心意気や行動力から活力をもらった。

 

韓食堂を後にし、次のお店を探すことに。いつの間にか日もとっぷりと暮れて、お目当てだった「エムエムコート」は残念ながら閉まっていた(夢の話は時間をごっそりと削り採っていくのだ)。

人っ子一人歩いていない路地をさまよい歩いていると、年季の入った木製の看板にクリスマスのイルミネーションというなんともアンバランスで魅力的な酒屋さんがまだ明かりをともしていた。ちょっとお勧めの店を聞いてみようか、と立ち寄ることにした。

 

そんな2軒目のお店は「飯田酒店」。
創業100年にもなるお店で、店主は3代目。この地域によく見かける「立ち飲み」が併設された酒店だ。店内にはお酒の他に駄菓子なども売っていて、お昼間には小学生なども立ち寄る老若男女問わずに入ることのできる面白い酒店だ。

店内中ほどには創業100年然とした年季の入ったカウンターがあり、そこから奥は立ち飲みスペースになっている。奥では仕事終わりのサラリーマンが女性の謎について出口のない議論を肴に酒を飲んでいた。店主はもうすぐ店を閉めるというのにもかかわらず暖かく迎え入れてくれた。そんなだからお店の情報を聞くはずが思わず引き込まれたのである。

 

はじめに頼んだのは店主のおすすめのお酒「櫻正宗」。創業400年にもなる灘の酒蔵の一つで、大手スーパーなどにはあまり置いておらず、町の酒屋との付き合いを大切にしている気骨ある酒蔵のお酒だ。味はどっしりとしていて、後味はすっきり。これぞ日本酒という出で立ちで、「いくらでも飲めちゃうな~」と酔っ払いの常套句を思わず言ってしまった。

奥で飲んでいた常連さんに誘われ(また垣根がない)、店内にある暖簾をくぐって立ち飲みスペースへ。「ここに来たならおでん食わにゃ」と、常連さんが鍋ごともって帰ってしまうほど人気のおでんを頂く事にした。
大根に平天などメジャーな具もあれば、今では関西でもあまり見ないコロ(鯨の皮下脂肪を鯨油で揚げたもの)なども入っていてどれを食べようか目移りしてしまう。

なかでも一番びっくりしたのが卵だ。そんじょそこらの卵とは一味もふた味も違う。おでんなのに半熟卵なのだ。いったん半熟に茹でた卵を冷やしたおでんだしに二日間付け込むと完成、と店主は何気なく言っていたが、コレこそ目からうろこの半熟おでん卵だった。一口食べればしっかり味がしみこんだ白身の中に、濃厚な半熟の黄身がトロリと流れ出し、目がチカチカするくらい美味しかった。それを肴に飲む櫻正宗が格別だったのは言うまでもない。
美味しいおでんと日本酒で、もはや夢心地の3人は、取材していたことを忘れそうになっていたが、常連のお父さんが帰る時間ということで、同じく店を後にすることにした。

 

苅藻や新長田には海が近いこともあり多くのお寿司屋さんが点在している。どのお店も良いたたずまいで、一度は入ってみたいと思っていたのだが、お寿司屋さんにフラッと入る度胸がなく、今日まで入れずにいた。しかし今日は一人ではないし、取材目的という免罪符を手にしているのだ。コレを逃す手はないと、意気揚々とお目当てのお寿司やさんへ向かったのだった。

 

3軒目のお店は「長兵衛」。
苅藻の大企業「三ツ星ベルト」に程近い市営住宅の1階で営業している。店先にはフグの剥製がずらりと並び、店内にはカウンターと、4人がけの座敷が3つほどある。お昼時には三ツ星ベルトの社員さんやご近所さんでにぎわっている。しかし時間は22時。もう閉めようとしていた頃に来店してしまった。「お客さんがいればいつまでも開けるよ」と大将は暖かく迎え入れてくれ、お言葉に甘えてあつかましくも念願のお寿司を食べさせてもらうことにした。

「まずはお任せでアテを」と頼むと。これでもか!とどっさり乗った白子ポン酢を出してくれた。それに合わせてフグのヒレ酒を振舞ってくれて、酒飲みの至福ここに極まれりといった組み合わせで、またもやすぐに夢心地になってしまったのだった。
大将が26歳のときに始めたお店ももう45年になるらしい。そのうちに8人の子供たちを育て上げ、今は奥さんと二人でお店を切り盛りしている。
「今日は良い太刀魚が入っとるから」と人の腕ほどありそうな大きな太刀魚をわざわざ1匹捌いてくれて、炙りにして握ってくれた。この時期の太刀魚はたいそう美味しくお昼には天麩羅にして丼で振舞っているらしい。
立て続けに鯛とカンパチも一貫ずつ握ってくれて、「コレはカンパチ、私はやけっぱち」とお寿司屋ジョークも披露してくれた。「しんどいこともあったけど、わしは寿司しか握れんから・・・」と8人の子供を育て上げた職人らしい太い指を優雅に動かし、握ってくれたお寿司はピンと一本、筋の通った味がした。

店先のフグの剥製のことを聞いてみると、店の味を宣伝するために昔は店先に職人が作ったフグの剥製がよく飾られていたらしい。新鮮なうちにフグの頭に小さな穴を開け、身や内臓をその穴から皮を傷つけないように出し、おが屑をつめて乾燥させ中を取り出したら完成。フグちょうちんというらしい。なんとも手間のかかることだが、昔はそれで職人の腕の良さを人々に伝えていたのだろう。今は作る人がめっきり減ってしまったと大将が話してくれた。店先のフグちょうちんは全部大将が作ったものらしい。なるほどそれは美味しいお寿司が握れるはずだと納得した。

デザートには店先に植えてある、魚のアラを肥料に育てた柿を干して凍らせて作った「干し柿シャーベット」も振舞ってくれた。食べた瞬間、酒でほてった口を冷やしてくれて、そうかと思うとじんわり溶けてやさしい自然の甘さが口の中を包んでくれる。何とシンプルで愛の詰まった味。口の中もスッキリ、夢心地だった頭も少しシャッキリとして店を後にした。

 

店を出た頃にはもう深夜は目前で、町は音もなく静まりかえり冷え冷えとしていたが、心の中はポカポカとあったかで、年末の寒さもどこ吹く風と陽気な酔っ払い3人が出来上がっていた。
下町で酒を飲むことにぴったりの言葉で「清濁併せ呑む」というのがある。善人でも悪人でも来るものはすべて受け入れる度量の広さをあらわした言葉だ。
悪人はそうそういないにしても、老いも若きも、異国人もご近所さんも、夢や愚痴や笑い話をごちゃ混ぜで話し、酒を飲む。まさに清濁併せ呑むというのが下町流飲兵衛の流儀ではないかと思う。

 

下町に越してきて6年目の新参者の私が断言するのは憚られるが、今日はそれを身をもって体験したような気持ちにさせられた。
これから起こる良いことも悪いこともすべて飲み込んで、この神戸の下町で酒を飲むことが何よりも幸せなことなのかもなと湊川に架かる橋を渡りながらぼんやりと考え、年末の寒空の下、酔っ払い3人は家路についたのだった。

 

 

 

※掲載内容は、取材当時の情報です。情報に誤りがございましたら、恐れ入りますが info@dor.or.jp までご連絡ください。

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