
5.4.3.2.1!
A Happy New year!!
ものすごい人の熱気と活気。
叫ぶひと、踊るひと、肩を抱き合う若者、座ってだまって酒を飲むじいちゃん。
わたしの2026年はいつも通り、この場所からはじまった。
はっぴーの家ろっけん。
毎年年越しはここでみんなと紅白を見ながら鍋をつつき、走り回るこどもたちを横目にたらふく酒を呑み、同僚もご近所さんもはじめましての誰かさんも関係なく同じ卓を囲んで、0時を回ったらみんなで近所のお寺へ鐘を撞きにゆく。
まちごとシンセキ、みたいな場所。
それがわがまちナガタ。
3年前、『擬実家ヒトミ』という謎の企画をはじめた。
お正月、あたりまえに帰れる『実家』があるひとはじつは恵まれていて。
帰りたくなかったり、帰れなかったり、そもそも帰れる場所がはじめからないひとは、この季節ひっそりと息をひそめて暮らしている。
ハレのすきまで、無意識に息苦しさを感じないようにしながら社会の片隅に生きているひとたちが、たとえ擬似でもいいからまるで『実家』みたいな場所で、のんびりなんにもしないで、ただただゆるんでていいんだ!って思えるところがあったらいいのにな…
ないんだったらつくってみるか!
そんな気持ちではじめたのがキッカケだ。
ゴッコだっていいやんか。
ここに集まるみんな、タニンでカゾクでシンセキで、なんかようわからんけど、まあみんなで正月くらいはのんびりしましょ。
そんなタダノオモイツキな実験が不思議とこれまで続いていて、盆暮正月と季節がめぐって3回目を迎える今年は、とうとう事前告知すらしなかったのに見知った顔ぶれがそれぞれバラバラに訪れ、なんにもしないでただゴロゴロしにくるだけのホントの『実家』みたいにいつのまにかなっていた。

そんな不思議な磁場をもつ『擬実家』が実現できたのはきっと、開催させてもらっている場所のチカラも多分にある。
わたしが育った下町にある『ゲストハウスとまりぎ』は、友人の舞ちゃん一家が住む長屋の一画にあって、新長田南部特有の『路地(ろーじ)で暮らす』とはどういうことか、が泊まれば誰でもすぐ体感できる素敵な宿だ。
昭和を知る世代にとっては懐かしいものだらけ、現代を生きる若者たちにはエモいと言われる、まるで映画のセットみたいなまちで喫茶店でモーニングしたり、銭湯に入ってから角打ちで一杯やってうちへ帰る、なんてことがまだできる、稀有な場所なのだ。
ここを借りて『擬実家』をはじめた最初の年は、顔を出してくれたみんなが「ギジッカってなあに?イベントだから来てみたけど、なにするの?」と懐疑的だったのが、いまでは迷わずめいめい食べたいものを持ち寄り、飲み食いしてはくつろいでいて、初日の出や初詣へいったん出かけてはまた戻ってきて、いつのまにか勝手に布団を出して仮眠している…なんてこともあたりまえになった。
そうしてみんながまるでホンモノの実家みたいに過ごしてくれているのがなによりで、そんな場所をこのまちのはしっこで今年も続けていられることがなんとも嬉しい年明けだった。
『とまりぎ』でお昼を食べたらまたはっぴーの家に移動して、これまた恒例となった、まちのこどもたちが集まっての『お年玉すくい大会』を開催。

こちらも擬実家の初回に思いついてはじめたもので、まちのみんなに小銭を大きな瓶へ入れてもらい、集まったこどもたちがお料理用の大さじでひとすくいして、すくえたものは全額もらえるという企画。
みんなが瓶の中の500円玉をねらって、目を皿のようにして大さじをぐるぐると回す顔は本当にキラキラしていて、見ているこっちが楽しくなってしまう。
去年はイマイチだったから今年こそは!と腕まくりをして気合いを入れている子の横顔に、ひとまわりたくましくなった影を見つけて成長を感じた。
こうやって産んでない息子や娘がどんどん増えてく毎日も悪くない。
アンタら大きくなって出世したら、いつかおばあちゃんのヒトミにもお年玉ちょうだいよ!
たわいもないことを言って、みんなで笑いながら迎えるお正月。
来年もこうしていられますように。
タダノヒトミ
垂水区生まれ新長田育ち、高校生活とのちの数年を兵庫区で過ごし、関東へ。横浜での6年間の子育てを経て、ふたたび神戸は灘区で山の民になってみるも肌に合わず、2年前に出戻った長田区在住海の民。下町とそこに住むひとびとをこよなく愛する。『タダノ』は苗字ではなく、枠にとらわれず肩書きのない自分で生きていたいという意味でつけたサードネーム。
掲載日 : 2026.01.14


