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神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン

シタマチコウベ

Shitamachibudie

vol.48

ミャンマーカレー TeTe 店主|阿雲登美子さんにまつわる4つのこと

丸五市場で混ざりあう、アジアの食文化

2022.07.04

JR新長田駅から、南へ徒歩10分。二葉町にある丸五市場は、100年以上にわたりこのまちの暮らしを支えてきました。中に入ると、人情味あふれる八百屋や精肉店とともに、キムチ屋や中華料理店などが並びます。下町らしさと異国情緒を漂わせる丸五市場に「ミャンマーカレー TeTe」を営む店主の阿雲登美子さんを訪ね、店を開くきっかけやまちとのつながりについてお話を伺いました。

文:柿本康治 写真:岩本順平

 

初めてのまちで、初めての出店

初めて新長田に来たのは、2008年のこと。「丸五アジア横丁ナイト屋台」の出店者募集の新聞広告を見たのがきっかけです。丸五市場で開かれるイベントの初回で、アジア料理を提供する人を募っていました。その頃はミャンマー人の夫と神戸市北区に住んでいて、友人たちを自宅に招いてはミャンマー料理をふるまっていて。評判もよかったので「いつかお店を出したいね」と夫婦で話していたこともあり、出店してみることにしました。説明会に参加するために訪れた新長田の雰囲気は、なかなかディープでした。“神戸の住宅地”と聞いて想像する都会的なイメージとは違いますよね。タイやミャンマーで暮らしていた時期があるから馴染みのある雰囲気だけど、神戸にもこんな下町があるのかと驚きました。それと同時に、丸五市場でのイベントに果たして人が集まるのか、と不安になっていました。でも、いざ当日を迎えると、地元の人たちがワーッと来て話しかけてくれて、カレーもたくさん売れて、楽しくて、おもしろくて。その年に開催された5回すべてに出店し終えたときに、商店街の会長さんから「市場に空き物件あるで」と紹介されました。夫が「ほんならやるわー」とノリで決めてしまい、店づくりがスタートしました。

 

昔ながらの距離感と、ほっとけない人たち

2008年12月に店をオープンすることになり、夫が手づくりで内装を整えてくれたのですが、なんと初日から私ひとりで営業することになってしまったんです。開店前日に夫が「本職が忙しいから、やっといて」と言ってトンズラしてしまいまして。最初は厨房器具も揃っていない状態だったので、家で仕込みをして、赤ちゃんを背負いながらひとりで営業して、帰ってまた仕込みをして……。しばらくはその繰り返しで大変な日々でした。なんとか続けられたのは、丸五市場の仲間のおかげです。お客さんが全然いない日には「焼酎居酒屋 今井やん」の店主さんが知り合いを捕まえて来てくれたり、「俺食べるわ!」って注文してくれたり。同じ飲食業者として何がつらいか、皆さん分かっているから。丸五市場にかぎらず、新長田の人たちは“おせっかい”なところがありますね。困っていても困っていなくても、近くにいる人をほっとけない。東南アジアの人もそうなんですよ。人のプライベートに土足で上がるのが普通。ご近所付き合いはやめておこう、という選択肢はない。おかずを多めにつくったらおすそ分けしてくれるし、近所のよしみで子どもの面倒を見てくれる。「卵ないから貸して!」「買い物行くならワサビもお願い!」という昭和っぽいやりとりは丸五市場の日常です。そんな人とまち、人と市場の距離感が、私にとっては心地いいです。

 

ご近所の食材でつくるミャンマーカレー

ミャンマーカレーのつくり方は、夫と一緒につくっているうちに覚えました。特徴がないのが特徴のカレー、と言えばいいのかな。ミャンマーはインド、タイ、中国、バングラデシュ、ラオスという5つの国と接していて、さまざまな食文化がごちゃまぜになっている国なんです。しかも、イギリスの植民地だった時代もあるから紅茶文化もあるし、ミャンマーっぽい食文化はこれだと言いづらい。スパイスはインドカレーのようには使わず、ハーブをあれこれ使います。ミャンマーではあまり使わないのですが、夫のアイデアで自家菜園のミントを夏はよく使っています。冬は姫路で畑をしているミャンマー人の友人からハーブを仕入れています。そのほかの食材は、丸五市場のものがほとんど。野菜は青果店の「明石家」、エビは「沖かまぼこ店」、鶏肉は「にしむら鶏肉店」、豚肉は「マルヨネ食肉センター」から。無理なく、ご近所のつながりに頼っています。常連さんも地域の人がやはり多くて、たまにのぞいては応援してくれるありがたい存在ですね。「もう辞めてしまったほうがいいかも」と弱気な発言をしてしまうときもあるけど、常連さんが「行くとこなくなるからアカン!」と叱咤激励してくれる。カレーを食べながらたわいもない話をするだけでも、常連の方々にとっては息抜きになるみたいです。商売ではあるけど、店を続けることで人と人とのつながりが育っていると感じます。

 

国籍も文化も、ごちゃまぜなところが好き

オープン当初からお客さんとして来てくれているのが、DANCE BOXの皆さんです。新長田にある劇場を拠点に、コンテンポラリーダンスを中心としたアートプログラムを展開するNPO法人で、理事長の大谷燠(いく)さんにはとてもお世話になりました。DANCE BOXのイベントに出張してカレーを販売させてもらうことで、地域の人たちにTeTeのことを知ってもらえましたし、アートの世界ともつながることができました。まちの人に芸術を身近に感じてもらうのはとても難しいことですが、活動を継続することで少しずつ受け入れられていて、純粋にすごいと思います。ミャンマーカレーも日本人にとっては馴染みがないカレーだから、その姿勢を見習いたいな、と。新長田にはいろんな国籍の方々が住んでいて、アートを含めた多様な文化を許容する人が多い気がします。振り返ってみると、ミャンマーカレー屋を始めることに反対する人は誰ひとりいませんでしたしね。ベトナムやタイの人がいたり、よく分からないアーティストがいたり、路地にディープなお店があったり、ごちゃごちゃっとしているのがいい。新しいものと古いものが、いつまでも混在したまちであってほしいです。

ミャンマーカレー TeTe
阿雲登美子(あうん とみこ)

東京のアパレルメーカーでパタンナーとして働いた後、息抜きで旅した東南アジアが好きになり、タイに移り住む。バンコクやチェンマイで数年間暮らし、日本に帰る前に立ち寄ったミャンマーに魅せられ、帰国を取りやめて移住。ゲストハウスで働いていたミャンマー人の夫と結婚後に帰国。新長田で開かれたイベント「丸五アジア横丁ナイト屋台」への出店をきっかけに、2018年に店をオープン。丸五市場の一角で、カレーを中心としたミャンマーのやさしい家庭料理を振る舞っている。

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