地下鉄海岸線「中央市場前駅」から歩くこと5分。兵庫埠頭にある運輸倉庫に辿り着いて目線を上げると、2階に見えるのは倉庫らしからぬ洗練された入り口。カントリーミュージックに導かれて中に入ると、シルバーブランド「LYNCH SILVERSMITH(リンチ・シルバースミス)」の矢野達也さんが出迎えてくれました。ブランドの世界観が隅々まで表現されたアトリエショップで、神戸で活動する理由や製作についてのお話を伺います。
文:柿本康治 写真:岩本順平
神戸に感じる、居心地のよさ
1994年にブランドを立ち上げて、初めは神戸の自宅ガレージをアトリエにしていました。この倉庫の1階に移ったのが1999年のこと。2004年には今いる2階へ移転しました。ここには元々、家具屋が入っていたんです。イギリスのアンティーク家具を輸入販売する会社が運営していて、20歳くらいのときに初めて訪れたらものすごくかっこいい空間で。自分のアトリエもロフト感のある場所がいいなと考えていて、あるとき家具屋の代表の方に相談したら倉庫の所有者とつないでくれて、アトリエショップをここで開くことになりました。昔のアメリカのカルチャーが好きで、ショップではアメリカでつくられたワークブーツなど、LYNCH SILVERSMITHの世界観に通じるアイテムも扱っています。アメリカにこだわるわけではなく、古い年代のものや、古いものを活かしてつくられた製品が好きなだけです。神戸に関しては、港から入って来た海外の文化を活かして人々が生活してきたというしたたかさがあって、いいなと思います。近代の産業革命で製鉄所が次々に建てられて、そうした工業のまちとしての歴史も好きですね。この地に20年以上いるのは、海を臨むこのロケーション含めて神戸に居心地のよさを感じているところがあるのでしょうね。
製品に刻まれた、クラフトマンシップ
ものづくりの技術を本格的に学んだのは、アメリカのロサンゼルスです。1994~1995年にかけて滞在して、現地の職工からノウハウを教わりました。そのときに触れたアメリカのカルチャーは、自分自身の表現のベースになっています。シルバーの製品に関しては、1800~1940年代のインダストリアルデザインに見られる有機的なフォルムが好きで、作風として取り入れています。完全に機械化する前の“手づくりの工業製品”ならではの魅力があるんです。たとえば、その時代の鋳肌の質感がおもしろい。古い工業製品は量産するために鋳型を用いることが多かったのですが、鋳物の加工技術がまだ発展していなかったため、冷えたときの金属の収縮率の問題であえて鋳肌を荒らす必要がありました。技術が上がった今では、シルバーの製品は鏡面仕上げにして価値を持たせることが一般的なんですけど、僕はそうした昔の鋳肌のようなテクスチャーを好んで残します。それと、多くのアクセサリー製作の場合、「ロストワックス」というやわらかい素材の蝋型を使うと楽ではあるものの、性に合わなくて原型はすべて銀で製作しています。素材のコストが高くて、加工の難易度も上がるけど、銀を削るという作業が好きなんですよね。笹の葉のような銀の塊から少しずつ削っていって、羽根の像が徐々に現れてくるときの高揚感は何物にも代え難い感情です。
傷もまた、人生の航跡となる
つくるものに関しては、身を飾る“装飾物”というよりも、道具的な機能美がある“装身具”と言い表すほうが正しいでしょうか。動物の羽根や骨をモチーフとしてよく選んでいて、特に骨の表面の質感は鋳肌に似ていると感じます。羽根にしても、骨にしても、本体が死んだ後も形として崩れずに美しいまま存在していますよね。そこに装飾された表面的な美しさではなく必然的なフォルムがあるように、自分がつくる製作物もまた使い手にとってそんな存在でありたいです。それと、日々過ごすなかで付く装身具の傷や汚れは、決してものとしての価値を下げるものではありません。ヴィンテージの世界であれば、色褪せた絨毯や誰かが縫い直したジーパンの価値が高かったりする。“美しい”という概念も、人が何を美しいと捉えるかによって如何ようにも変わる。装身具に付いた傷もその人らしさなので、ふと見たときに「ええ感じになってきたな」とプラスに感じてもらえたらいい。装身具にはあまり模様を施さないのですが、それは模様が削れて消えると価値が下がったように見えるから。でも、僕がつくるシルバー製品には鋳肌の細かな質感があるので、それが削れた面と残った面とで陰影がほどよく生まれます。持ち主の日常のなかで、価値が高まっていくものをつくりたいですね。
職人であり続けること
昔から、手を動かすことは好きでした。小さい頃はガンダムのプラモデルが流行っていたから、プラ板とかパテを使って勝手に新しいモデルのガンダムを生みだして、模型屋主催のコンクールで入賞したこともありました。最近、チェーンステッチ用の古いミシンをご縁あって譲ってもらったら、もう縫うのが楽しくてしょうがなくて。家族の服を縫ったり、ストールに刺繍を入れて友人にあげたり。仕事でも何でもなくて、ただの趣味です。だから、長く活動を続けている理由を聞かれたら、「つくるのが好きだから」という答えしか出てこないですね。LYNCH SILVERSMITHのロゴには「QUALITY CRAFTSMANSHIP」という言葉が添えられています。日本語に訳すなら「職人気質」といった意味。自分がつくっているものを作品だとか、自分自身をアーティストだと捉えられるのは、僕はあんまり好きではなくて。ブランド名を表に掲げてはいるけど、矢野達也がつくったという情報を人に押しつける必要はない。あくまで製品をつくる職人でありたいです。世のなかの流れは気にせずに、つくりたいものをつくる。そんなものづくりを、これからも神戸で続けていきます。
LYNCH SILVERSMITH(リンチ・シルバースミス)
矢野達也
アメリカのロサンゼルスで修行後、1994年に神戸の自宅ガレージでシルバーブランド「LYNCH SILVERSMITH」を立ち上げる。1999年、兵庫突堤にある運輸倉庫へアトリエショップを移す。1800~1940年代のインダストリアルデザインに見られる有機的なフォルムと鋳肌の質感を用いた作風が特徴。使用者の内面を浮き彫りにする、シンプルで無骨なハードウエア的装身具を製作する。
LYNCH SILVERSMITH ホームページ
https://www.link-and-chain.com/
掲載日 : 2022.03.21