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神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン

シタマチコウベ

Shitamachibudie

vol.42

スタヂオ・カタリスト|松原永季さんにまつわる4つのこと

駒ヶ林で、まちの記憶を残す

2021.11.24

地下鉄海岸線「駒ヶ林」駅から徒歩3分。長田区駒ケ林町の迷路のような細い路地を進むと見えてきた、1軒の古民家。外観からは予想もつかないけれど、ここは有限会社スタヂオ・カタリストの事務所。一級建築士として設計や、コンサルタントとしてまちづくりの支援を行ってきた代表取締役の松原永季さんにお話を伺いました。

文:柿本康治 写真:岩本順平

 

“触媒”としての役割

長田区に仕事で関わり始めたのは、20年ほど前。神戸市からの委託業務で、駒ヶ林の細街路整備事業のための合意形成の支援に携わったことが最初のきっかけです。ご縁あって巡り合った駒ヶ林の古民家で、2005年に事務所を構えました。日常的な業務としては、全体の2割が設計、残りの8割はまちづくりコンサルタントの仕事です。まちづくりに関連する仕事は多岐に渡りますが、たとえばこの駒ヶ林地区のような密集市街地の再生や、街の防災性を高める支援を行っています。それと、限界集落といわれる地域の継続的な自治をサポートする仕事。あとは、景観づくりに関することで、古い建物や町並みを守る行政上の仕組みを支える仕事もあります。特に、住民と行政の間をつなぐ役割を担うことが多いですね。地域の人たちと行政の方々の協働関係をつくる仕事をしています。ちなみに、会社名にある「カタリスト」は「触媒」という意味。まちづくりの主体である地域住民にもさまざまな人や団体がいて、さらに行政との関係もある。そうした異なる立場の人々の間をつなぐ触媒的な存在が重要だと考えて、社名を決めました。

 

まちの当事者であること

駒ヶ林では、路地やまちなか防災空地の整備に関する合意形成、それとまちづくり協議会や定例会のサポートを主に行っています。都市計画などハード面でのまちづくりだけを行うスタンスではなく、地域住民が生活するうえで課題を抱えていれば話を聞いて、意思決定や課題解決のお手伝いをする姿勢で取り組んでいます。そもそも、事務所として使っているこの物件も不動産屋が「それぞれの敷地の境界が決まっていない地域なので、取り扱いが難しいから売れない」と手をこまねく場所でした。私自身、古民家は好きでしたし、事務所を移転することを考えていたので「密集市街地」と呼ばれる課題の大きな地域のなかに拠点を持って、当事者としてまちに関わるつもりで譲ってもらうことにしました。住民の声は、まちづくり協議会のようなフォーマルな場所で聞くこともあれば、協議会の方々が会合の後にこの古民家の一角にある「喫茶初駒」という店舗スペースに来られて、コーヒーを飲みながら和やかに話すこともあります。近隣のマダムたちの憩いの場でもあるので、ちょっとした談笑から地域の課題を知ることも。土地や建物の権利者、地域住民と日常的に接することができるスペースなので、相談や意思決定も早くなって物事が進めやすくなりました。

 

地域住民との取り組み

駒ヶ林地区で最初の段階で取り組んだことは「まちづくり構想」の作成のお手伝いです。福祉や子育てなど、ソフト面も含めてまちが目指す姿をまとめる試みで、3年かけて取り組みました。まち歩きなどのワークショップを何回も重ねて素案を作り、全世帯アンケートを行って合意形成を図りました。また、その前後に住民さんが示したアイデアから、発掘した地域資源をまとめた「駒っぷ」というマップを制作したり。地域の名物であるいかなごくぎ煮を活かした「いかなごウォークラリー」も住民発案のイベントで、ふたば学舎(旧二葉小学校)のグラウンドをスタート地点として、駒ヶ林地区内のチェックポイントを周り、ゴールの駒ヶ林公園まで行くというもの。長田区内外の方たちが多く参加しています。路地整備をするときも、道の素材を選ぶためにサンプルを集めて、旗あげアンケートなどの方法を使って、皆が意思決定に参加できるようにしています。要は、決めるのは私ではなくて、地域の皆さんなんです。私が目指す支援は、そのプロセスを作ることです。その後に着手したのが、道路の整備・建て替え推進のための制度の緩和。建物を建設する場合は、幅員4メートル以上の道路にその敷地が接していることが建築基準法では求められています。もし建て替えを行うときは、道路の中心線から2メートル後退して建築しなければならないのですが、もともと細い路地が入り組んだ駒ヶ林では後退させると各住宅の敷地が狭くなってしまいます。そうした制限から建て替えが進まず、木造住宅の老朽化が進んで人口減少も進むといった課題につながっていました。また道が広がれば、漁村集落だった駒ヶ林の歴史的な路地の景観やそれを基盤としたコミュニティも失われてしまいかねません。どうにか、まちを守る仕組みをつくれないかと市の担当者とも検討してきました。

 

修復型のまちづくり

路地を法的に守る方法を探して行き着いたのが、神戸市の「近隣住環境計画」です。端的に言えば、地域の特性を担保するための制度で、駒ヶ林の場合では、道路の幅員を2.7メートルまでなら緩和できるというもの。地域の人たちに聞くと、傘をさしてもすれ違えるくらいの道幅がちょうどいいという意見が多かったので、実際に傘を持って検証してみました。すると、ちょうど2.7メートルくらいだったので、防災性も高めつつ、この幅員を基準に駒ヶ林1丁目南部地区で緩和を検討していくことに。街区全体での計画決定事例は全国的にも珍しく、他地域でも取り組めるような普遍性が評価されて、日本都市計画学会の計画設計賞を受賞しました。ですが、なかなかこうした試みが広がらないのが現状です。近代的なまちづくりばかりが推進されれば、いずれ小さな路地やそれを介したコミュニティや景観は消滅してしまいます。阪神・淡路大震災後の復興まちづくりでは、区画整理や再開発といった、ゼロからまちをつくり直すクリアランス型の都市計画が基本的に採用されました。仕方がないとはいえ、その結果、“まちの記憶”は失われ、住んでいた地域に戻れない人も多く、コミュニティを維持することも非常に困難になったのです。人のアイデンティティの礎となるものは記憶で、記憶のよすがになるものは日常的に接する建物や道、まちであると思います。たとえば、漁村集落の名残がある駒ヶ林というまちの歴史的な記憶は、細い路地や木造建築の家が醸し出す独特の風情ではないでしょうか。人がいてこそのまちなので、まちにいる根拠をきちんと残す建築や都市の在り方を探りたいと考えています。私にとって駒ヶ林は、近代都市計画が抱える課題へのアプローチを実践する場所でもあるのです。

有限会社スタヂオ・カタリスト 代表取締役|一級建築士・まちづくりコンサルタント
松原永季

1965年京都府生まれ。京都大学建築学科卒業。東京大学大学院工学研究科建築系修了。Team ZOO いるか設計集団を経て、2005年に有限会社スタヂオ・カタリスト設立。阪神・淡路大震災以後、復興まちづくりに取り組み、これまで建築設計とともに、密集市街地、中山間地集落、オールドニュータウンなど様々な地区で、まちの再生や住民主体のまちづくり、市民と行政の協働を支援している。事務所が所在する神戸市長田区駒ヶ林地区で策定した「ひがっしょ路地のまちづくり計画」で、2014年関西まちづくり賞、日本都市計画学会賞(計画設計賞)受賞。特定非営利活動法人神戸まちづくり研究所の副理事長を務める。

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