一級建築士事務所こと・デザイン 角野史和さんにまつわる4つのこと つっかけで行ける距離感で、とにかく顔を付き合わせる

一級建築士であり、まちづくりコンサルタントであり、「下町芸術祭大学*」のガクチョーでもあるけれど「最近は『プロの散歩家』と名乗るのがしっくりくる」と言う角野史和さん。大学を卒業後、高校時代を過ごした神戸市に戻り、建築事務所やまちづくり会社勤務を経て、2018年10月に独立。現在は長田区久保町に事務所を構え、様々な目線でまちと人を観察する角野さん。彼の目に、長田の地域はどのように見えているのでしょうか。お話を伺いました。
*長田の下町を舞台に開催されている「下町芸術祭」の取り組みのひとつ

文:則直建都 写真:岩本順平


自治会単位が「まちづくり」の最前線

ひと言で「まちづくり」と言っても、実は色々あります。現在その言葉の捉え方はとても多様化していますが、行政的な範囲で捉えると「まちづくり」は市や区の将来像を決めるマスタープランを作成し、実行することで、僕たち建築士の守備範囲はその中にある都市計画や地域計画。事務所のある長田区の駒ヶ林エリアでまちづくりに関わりはじめたのは、「スタヂオ・カタリスト」という建築設計事務所で働いていた時でした。当時は「まちづくりは行政が行うもの」と捉えていたのだけれど違った。まちづくり協議会を中心に、住民が自分たちの住むまちのことを真剣に考え、そこに行政が寄り添い、互いに対話を重ねながらまちをつくっていく様子を見て、衝撃を受けたんです。その体験もあり、現在は駒ヶ林のすぐ近くの久保町に事務所を設けて長田エリアのまちづくりを支援しています。実際の取り組みとしては、防災空地として活用できそうな空き地を自転車で探し周ったり、「ふれあい喫茶」に行っておじいちゃん・おばあちゃんから困ってることがないかヒアリングして、それを解決するために色んな人に会いに自転車で走りまわったりと、泥くさく動いてます(笑)。こういう小さな単位での活動がまちづくりの「最前線」だと考えているから、自治会単位のミクロな視点ででまちを理解していくことに興味があるし、飽きないんですよね。

都市計画と地域愛を結びつける

(撮影・提供:角野史和)

僕たちの仕事の特性上、まち全体を俯瞰でみる視点も欠かせないけれど、地域のおじいちゃんやおばあちゃん、おっちゃんたちに「防災上のまちづくり」とか「建築基準が云々」と言っても誰も興味を持ってくれません。彼らにとって、目下の課題はゴミ捨てのトラブル、野良猫が多いこと、独居老人へのケアなどなど。なので、地域の人たちに理解をしてもらって一緒にまちづくりをするためには、住民が何に興味を持っているのかをまず知る必要が出てきます。「ふれあい喫茶」に足を運ぶのはそのためで、住民が何に困っているかを知ることができるし、それを解決して信頼を得られたら、今度はこちらの言うことにも耳を傾けてくれる。自治会単位の小さなまちづくりにはそういう人間関係をつくっていくことが土台になるから「つっかけで行ける距離感で、とにかく顔を付き合わせる」というスタンスがちょうどいい。もともと、人と人をつなぐのが好きなコーディネーター気質なところもあり、それを行政と地域住民に置き換えて、都市計画と地域愛を結びつける感覚で動いています。防災空地を子供たちの遊び場にするワークショップを開いたり、地域課題とアーティストのコラボレーションを考えたり、もともとそのまちになかった要素を取り入れて解決策を見出していくことが多いですね。

新長田でミジンコみたいにジタバタする

僕が興味をもっている考え方のひとつに「環世界(=ウンベルト)」という概念があります。ドイツの生物学者であり哲学者でもある人が提唱している概念で、ある生物が主体的に感覚や身体を通して生きている世界を「環世界」と呼び、生物にはそれぞれの生物ならではの「環世界」があるという考え方。突然ですが、僕はミジンコという生物が好きです。ミジンコにとってはジタバタすることが彼らの「環世界」の中で「生きる」ということ。でも、俯瞰して見ればミジンコは生態系には必要不可欠な存在。しかし、ミジンコ自体は自分が生態系に寄与しているなんてことは全く知らず、ただジタバタしているだけ。地域経済にはマクロの視点も必要ですが、環世界のようなミクロな視点でただジタバタすることも地域の役に立つ。そう考えると、僕にとって新長田は環世界だから、ミジンコのようにここでジタバタして生きていたいなって(笑)。自宅の1階で小さな商店を営んで、夕方には店を閉めて晩酌する暮らし。まちのなかで地域のために小さな仕事をするという働き方。そんな生活をできるまちが好きだから、僕は事務所を開くときに新長田を選びました。事務所に地域のマップやフライヤー類を置いているのも、地域の人がふらっと訪れるようなまちの小さな商店に仲間入りしたいからなんです。ゆくゆくは、ちょっとしたイベントスペースにもしていきたいなと考えています。

散歩で得た気づきを仕事に変える「プロの散歩家」

(撮影・提供:角野史和)

環世界の話にも通じるのですが、世界はグローバル経済とインターネット普及によりどんどん拡大してきたけれど、もっと狭い世界にも可能性は広がっていると考えています。僕は、同じ道を繰り返し散歩するのが好きで、歩いた分だけ新たな発見がある。その時考えていることや仕事の状況で景色の見え方や目に留まる物が全然違うから、散歩が仕事のリサーチにもなっていて。「散歩で得た気づきを仕事に変えられているのだから、『プロの散歩家』と名乗っていいのでは」と言われてからは、肩書きがひとつ増えました。まちを歩くことで人と出会い、仕事が生まれ、使えそうな空き地が見つかったり。ツバメの巣作りのために軒下に設けられた鉄製の補強材なんかを見つけるとテンションがあがっちゃって。そういう住民の自己表現やアイデア工作が、「まちの文化」をつくっているんだなぁって。自分が住んでいる地域のバックグラウンドは、ただ暮らしているだけでは見えにくいものです。そういった、見えにくいものを可視化していく。僕が長田でしている「まちづくり」とはそういうものかもしれません。「可視化して社会の実情やバックグラウンドに触れる」という考え方は、ディレクターとして携わっている「下町芸術祭*」のコンセプトのひとつでもあります。2年に1度開催しているのでぜひ遊びにきてください。きっと、長田の見えていなかった一面を見つけてもらえると思います。(下町芸術祭2019の開催情報はこちら