今夜、シタマチで。vol.04 中編 わいわい和田岬編 by 森本アリ:中編

森本アリさんが行く、和田岬の角打ち。
神戸・塩屋の旧グッゲンハイム邸の管理人、「三田村管打団?」などで活躍する音楽家であり、塩屋のまちづくりや文化・アートの発信を手がける「シオヤプロジェクト」「塩屋百景」の発起人である森本アリさん。
普段、ひとりでは飲み歩かないという森本さんが、旧グッゲンハイム邸のスタッフのみなさんと巡ったのは、和田岬の角打ちの数々。古くから三菱重工の工場があるこのエリアでは、和田岬の重要文化財とも言えそうな歴史あるお店から駄菓子屋に至るまで、子どもも(?)大人もサクッと安価で飲めるお店が存在します。
3部構成の超大作(?)、読んでいるうちに「何の記事だったっけ?」と惑わされるので、念のためここでも説明をしておきます。このコーナーは、下町を飲み歩き、その雑感を記してもらう企画です。

文・写真:森本アリ 写真:岩本順平

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さらに兵庫が、和田岬周辺が、近くなったのは子どもの保育園を探し始めた時だった。もっとも、僕は近所で事が済めば楽だと思う方だが、嫁が安全で美味しい給食の噂を聞きつけ、興味を持ったのが兵庫区松原の「ちびくろ保育園」だった。長男が卒園し、今は2歳の次男が通っている。というわけでこの数年毎日、僕か嫁が兵庫に通っている、そしてこれから4年、それは続く。

▲(写真:森本アリ提供)(左)ちびくろ保育園の看板はなぜか白いうさぎ(右)たまに路駐されている職員のDIYによる、うさぎ舎車

「ちびくろ保育園」は、とてもワイルドだ。冬は毎日、薪をしていていろんなもの、 芋、みかんからこんにゃくまで焼いて、その灰を園庭に混ぜ込んでいるので、そこらじゅうスモーキーだ。そしてその園庭は狭い。なので毎日近所の公園に行く、近所の公園はいくつもあるし広い、地域資源の積極的活用としても素晴らしい。朝行くと皆で昼の給食のために野菜を切っていたり、全員で綱引きしてたりとにかく好奇心を伸ばすことを最優先にしている。長男のクリスマス会ではゾウ・ライオン組(5、6歳児)の子ども達がクイーンの「ウィー・ウィル・ロック・ユー」の替え歌でラップした。「俺たち、ちびくろゾウ・ライオンぐみ、あしたにかがやくヒーロー、どろだらけ、あせまみれ、そんなのちっとも、きにしない」2番では「めいしんも!かいじゅうも!みーんなおれらの、なわばりさ」明親公園と通称・怪獣公園(兵庫駅南公園)だ。このラップの後に、全員が合奏したり飛び跳ねたりするのだけど、それが、てんでばらばらでとにかく元気。ちなみに、その翌年のクリスマス会では保護者全員で子どもラップに対する親からのアンサーラップを披露しておおいに沸いたことも付け加えます。英才教育やお受験が低年齢化しているけれど、僕はこのワイルドな教育方針に心底感謝している。小学校まで5分以内の場所に今住んでいるのに、毎日往復で1時間以上×2回はけっこうな労力だけど、ラップをした年の卒園児13人の内、5人が塩屋小学校に上がるといういささか不思議な越境率の高さが生じたのは兵庫と塩屋の磁場の加減か。

とはいえ、もちろん地元に根ざした保育園。周辺で外食する時に利用する、焼き鳥屋もうどん屋も焼肉屋も卒園児かその親のお店であることを、直接または人伝てに知ることも多い。園に通う親に、周辺イチ気合の入った家具屋&カフェ「北の椅子と」、周辺イチ気合の入ったパン屋「メゾンムラタ」の方もいる。共に和田岬の未来の担い手だ。そして気づけば兵庫通いが続き、行き帰りに歩いて回り道して目的地に、なんてことも増え、少しずつ詳しくなっているのだ。

▲(写真:森本アリ提供)右はもともとは木材加工所だった「北の椅子と」外観。兵庫運河と和田岬線の線路に面している

去年、さらにさらに和田岬が、近くなった。
「音遊びの会」という2005年結成の知的障害を持つ人と、即興演奏を得意とする音楽家の幸福な出会いとして始まった大家族的ビッグバンドがある。山口から北海道まで日本各地で、さらにイギリス遠征も行い、その様子がNHK制作のドキュメンタリーとしてお茶の間にも放送されたのでご存知の方も多いかもしれない。活動を長く続けると、未就学児として参加したメンバーが高校生、高校生は今や立派なおっさんだ。彼らは熟成し、「知的障害」という冠を必要としない立派なインプロヴァイザーたちに成長している。その「音遊びの会」は神戸大学ゆかりの人々が発起人だったので、幸運なことに12年も神戸大学の場所をお借りし続けていたが、それが2017年に終焉を迎えた。楽器を多く有する、ワークショップでは広い場所を必要とする団体なので、新たな拠点を大急ぎで探していた。いい場所が見つからず頭を抱え、神戸市のある部署に、メンバーの保護者たちと共に相談に行った。念頭のものはうまくマッチングしなかったが、兵庫区が今空き家のマッチング的なことが活発だという、そしてそのプロジェクトの担当者が山下香さんだという。早速、山下さんに連絡を取り、次の日には、「いい物件があるかも、和田岬の笠松商店街の小笠原さんという人が借りている物件なんやけど」と、教えてくれた。

▲(写真:森本アリ提供)(左)松の形のデザインがかわいい笠松商店街の入り口。(右)休日の商店街。ほとんどの店のシャッターにかわいい絵が描かれていて休日歩くのも楽しい

小笠原くんのことはよく知っている。鬼平コロッケの若き経営者として塩屋に新店舗ができる時に挨拶にいらっしゃったのだけど、そのときすでに塩屋商店会で発行したフリーペーパー「塩屋本2015」をいたく気に入り、笠松商店街でも真似したい!とのことで編集者、グラフィックデザイナーなど「塩屋本」の中の人を紹介した。彼らも、今でも笠松商店街周辺との付き合いが続いている。そして小笠原くんは昔、塩屋小学校のサッカースクールに通っており、僕らの友人の父親がコーチをしていたこともあって、その子の家に合宿したりと、塩屋との関係が少なからずあったのだ。ちなみに、その友人に「鬼平コロッケ、塩屋店出したいんやけど、どう思う?」と相談の電話を入れたら「塩屋にはミツワヤがある」とブチッと電話を切られたという。「鬼平コロッケ」も安くて美味しいが「ミツワヤ」のコロッケは最高だ。今、いずれの店も繁盛している、そして、「ブチっ」と電話を切った主と小笠原くんも仲良しだ。そして、小笠原くんは笠松商店街を背負うことになり、今では笠松商店街振興組合の会長。僕らが「音遊びの会」で借りることになった空間は「和田岬会館」という。

▲(写真:森本アリ提供)

後編へ続く
終わらない和田岬のこぼれ話…。次回こそ本題にたどり着くのでしょうか!?