今回は、真昼間のまちを歩く番外編。ゲストは、和田岬で駄菓子屋「淡路屋」を営む伊藤由紀さん。以前から「駄菓子屋が早晩なくなってしまうのではないか」という危機感を持っていた伊藤さんの熱き思いから、駄菓子屋をなんとかするためにプロジェクトメンバーが立ち上がった。そして、今ある駄菓子屋の記録を残すための足がかりとして「勝手にまち探訪・駄菓子屋編」を企画。今後は駄菓子屋マップに着手する。今回の記事は、伊藤さんとは長いつきあいで地図づくりにも携わるシオヤプロジェクト(以下、シオプロ)が取材&執筆を担当。「勝手にまち探訪・駄菓子屋編」での伊藤由紀との駄菓子屋巡りをもとに綴る、駄菓子屋の昔と今とこれから。前編で話題になった「文化としての駄菓子屋」。伊藤さんが、シオプロが、私たちが本当に失いたくないものとは?普段は伊藤さんが口には出さない本音にシオプロが迫ります。
語り:伊藤由紀・シオヤプロジェクト 写真:岩本順平
子どもの野生感を失いたくない
駄菓子は大手メーカーが製造していたり、知名度があるから、駄菓子自体は簡単にはなくならないだろうし、10円、20円のものを売るという商売は成り立っている。伊藤さんの言う「駄菓子屋」というのは社会的意義を含めて言っていて、「子どもが悪いことを含め社会性を身につける場としての駄菓子屋」つまり「文化」のことを言っているのだ。
シオプロ:大人の階段上るステップなんかなぁ。駄菓子さえあれば駄菓子屋って呼べる駄菓子屋とはちょっと違って、ある意味子どもとちゃんと付き合いをしている文化のことを伊藤さんは言ってて。いくら駄菓子を売っているところが生き残っても、文化としての駄菓子屋はやっぱり絶滅危惧種だという話ではある。
そういう意味では、百貨店や大型商業施設に駄菓子が置いてあるのはちょっと違う。それは私たちでさえ「駄菓子のジェントリフィケーション」のような印象を持ってしまうし、品の良い雑貨屋に駄菓子が置いてあったら、きっと伊藤さんも「こんなん駄菓子屋ちゃうわ」って思うのではないか。クリーンではないものというか、駄菓子文化がそもそも持っている「悪」なところに本音で切り込んでほしい、と突っ込むと…。
伊藤:どうやろ、私たぶん場所が好きなんやろね。駄菓子じゃなくて…。
と、やんわりかわすけれど、「集う装置としての駄菓子」を伊藤さんは意図しているから、駄菓子屋を単なる「駄菓子を置く場所」としては見ていない。それは昔から子どもが一線越すときに来たり、昔自分がそういう経験をした場所として見ている。
シオプロ:だから、学童保育みたいな機能がなかったときの、やんちゃな子どもがおもしろかったなって。
伊藤:うーん。たぶん駄菓子屋にはやんちゃな子しか集まれへんねんね。そして、私もそれが好きなんよね。そういう子しか来てなかって、こうやっても生きていけるんやっていう、どないしても生きていけるいうことを教えたいんかな、教えたいことはないけど。でもこんな人もおって、別に…。
「…」の部分が、口には出さないけれどいろいろな含みを持っていて「淡路屋」店主・伊藤由紀の魅力的なところではある。
伊藤:真面目な子は来ないのかもしれないね。男の子は大きくなっても集まったりするけど、女の子は行った先で友達つくってそっち側行っちゃうから、帰ってくることはあんまりないねんね。帰ってくる女の子はやっぱりやんちゃな子ばっかりかなぁ。
おそらく、子どもの野生感みたいなものが駄菓子屋というものに付随する世界にはあって、その野生感を失ってほしくないと思っているのが伊藤さんの危惧する本音の部分なのではないだろうか。
シオプロ:それって、不良を育てる機能…?この際はっきり言っちゃいましょう。健全な感じがちょっと嫌やったりしてんのは明らかでしょう。駄菓子屋というものが象徴してるのはこういうことじゃないねん!みたいな。
伊藤:気をつかわない場所でありたいとはずっと思ってるのかも。何かで気をつかわすようなことはしたくないなと思うから、私もあんまり何も言わへんし…。やっぱり悪い子の方がおもしろいね。いろんなことが。
でもね、宣伝もしてないのにこんだけ続けてこられたのは、子どもが育って行った先からみんな連れてきてくれるねんね。高校生になったら高校の友だちを紹介してくれるとか。で、私のことを「おばちゃん」ってその子が言ったら、「おねえちゃん言うたって」っていうのが聞こえて、「気をつかわせてごめんな」って思うねん。その子たちが大人になって自分の子どもを連れてきてくれる。長いことやってたらそういうことになったんやね。考えたことなかった…。
気をつかわない場所でありたいと願いながら、小さな気持ちのやりとりがある。そういう面も含めて、「淡路屋」は地域コミュニティのサイクルの一端にがっちり組み込まれている。もちろん駄菓子屋だけで人生経験を積んでいるわけじゃないけれど、その片鱗が見える場所なのだろう。言いようによっては、一種の「社会の入り口」であって、子どもがお金を使うのがはじめての場所だったりすることもあり、それが10円からはじめられるのもまたいい。
伊藤:小さい子は計算できないからまず両替するねん。100円を10円×10枚にしたら計算が簡単になるから。駄菓子を置きはじめたとき、子どもたちにすごく両替をせがまれるから、どうしてかと思ったら「あ、引き算ができへんのや」って気付いて、こっち側から両替しようかと言うようになった。そしたら子どもが自分で計算しながら買えるから。だから、駄菓子屋に通っている子の方が金銭感覚が育つのかも。あと時計の読み方を聞かれるとか、漢字も時間も分からへんとか。
最近では、子どもにあまりお金を持たせない風潮もある。でも100円を持って駄菓子屋に行き、限られたお金の中で工面して欲しいものを手に入れることで身に付けられるものは大きいはず。
地域には必要なのは銭湯・駄菓子屋・(飲める)酒屋
駄菓子屋には、大人のフリができるおもしろいものがいっぱい置いてある。チョコレートシガレット、給料袋、カンパイラムネに子どもビール。ちなみにこれらは「背伸び玩具」と呼ぶらしい。
伊藤:ものだけじゃなくてコミュニケーションも真似したいみたい。年末になったらすごい嬉しそうな顔して、「よいお年を」って言ってくれる。そういう大人の練習みたいなことが違和感なくできる場所なのかな。
そういう意味では、人との距離感をわかってくれることが勉強になるんかなと思うけどね。自分の立ち位置とか、大きくなって中学に入ったり高校生になったりしたときの自分の見せ方とか、相手との距離感とか、そういうのが身に付いたらいいなぁ。
駄菓子屋は子どもが一番はじめにデビューする社交の場なのかもしれない。さらに、彼氏・彼女ができたら伊藤さんに紹介するという。
伊藤:中学生の男の子に「彼女できたら連れておいで」って言ったら「こんな汚い店連れてこれるか」って言うねんけど。それでもだいたいみんな、彼女とか彼氏とかできたら連れて来てくれる。やんちゃだった常連の子も結婚したら報告に来てくれる。
「淡路屋」にはとてもいい大人と子どもの関係性がある。そして、地域とともにある感じがする。だから近所にひとつは「駄菓子屋」が必要なのだ。
伊藤:いるね。銭湯と駄菓子屋と飲める酒屋。絶対3つセットであった方がいいと思う。
おそらくそんなつもりなく、伊藤さんは人生を地域に捧げている。そういう“おねえちゃん”であり続けるのだろう。
座談会で話題になったお店をちょこっと紹介
フレンド
あいにく、ツアー当日は定休日の月曜日で開いていなかったが、そのたたずまいからして魅力的な駒ヶ林のオアシス。車の入らない路地の角地で、道にはベンチが置いてあり、緑も茂って、表通りからは見えない和みの空間がひろがっている。水道屋さんの副業で、大阪へ働きに出ていたおっちゃんが得意のお好み焼きをつくりたくて20年程前にはじまった。今はおばちゃんがメインできりもりしている。夏は氷とところてん、涼しくなったら焼きもの―お好み焼き・たこ焼き―も提供する。もともとは能面をつくる工房として家を拡張した部分が駄菓子屋になっていて、おっちゃんの趣味の能面づくり、貝細工のコレクションも一見の価値あり。
住所|神戸市長田区駒ヶ林町 5-7-11
営業時間|11:30-18:00
定休日|月曜日
7,8月はお好み焼き休み
電話番号|078-621-4367
コミュニティハウス
明るく健全な駄菓子屋(絶滅危惧種に対する「新種」)。「近所」ではなく目抜き通りで不特定多数を対象に、駄菓子と健康測定器具を置くコミュニティスペース。値段設定は妥当で、駄菓子、玩具の種類も多く見やすい。賞味期限が近づいたりするとお得感のあるおまけがもらえたりする。近所のリピーターはもちろん、一見さんも利用しやすい。
住所|神戸市長田区久保町6-1-1 アスタくにづか4番館
営業時間|11時00分 ~ 17時00分(お昼休み12:00~13:00は不在の場合があり)
定休日|水曜日(年末年始休み)
電話番号|078-786-3275
スガハラ商店
終戦後、1945年からイカリ豆とか落花生の製造をしていたお菓子屋さんが、近くに小学校もあって駄菓子屋化した。明るくて広い店内に商品が並べられていて見やすく、選びやすい。店の奥に中庭があって後ろがおうち。家の中まで見えて地続きな感じと、呼ばれたらごはんつくりながらでも出てくるような、生活の延長線上にあるっていうのがよかった。店内に回遊性があり、今回のツアーのように団体で行ってもさばける。それもそのはず、昔は日本一児童数が多かったこともある!という真陽小学校のお膝元。おっちゃんおばちゃんも「昔は子どもがあふれてた」と。2000人が200人に減って、今や10分の1。店外に置いてある太いチェーンがぐるぐる巻きにされたアイス用の冷凍庫が、昔を物語っている。さまざまな時代を経てきた重みの感じられるたたずまい。
住所|神戸市長田区久保町 3 丁目 2-9
営業時間|9:30-17:50
定休日|不定休
中川
実は伊藤さんの元実家の隣で、伊藤さん自身の駄菓子屋の原体験の場でもある。取材時はちょうど下校後の時間帯と重なり、子どもたちが集まってきていて、駄菓子屋らしい風景が垣間見られた瞬間も。昔から変わらないおばちゃんも、もう90歳。後継者を探している。とはいえ、住宅街の持ち家の玄関先で営業しているところへぽっとやってきて継ぐのは簡単なことではない。
住所|神戸市兵庫区吉田町1丁目12-3
営業時間|10:00-19:00(冬は30分早く閉店)
定休日|無休
電話番号|078-671-9445
六條商店
商店街の9割が壊された稲荷市場。見るも無惨な空き地に駅に近い方からワンルームマンションが建ちはじめている。殺伐とした光景の先に、緑の濃い、熟れたイチジクの濃厚な香りのたちこめる区画があって、その向こうに最後の砦:松尾稲荷神社前のお好み焼き「ひかり」、ホルモン焼きの「中畑商店」と「六條商店」(かつては79軒あった店がいまやたったの4軒)。もともと近所の人があめをつくっていて、そのあめを運ぶ仕事をしていて引きがあった。それでお菓子屋をはじめて、今は日用品(生活雑貨)も売りつつ、駄菓子にも結構な面積を割いている。かつては主婦が袋入りのお菓子をたくさん買ってくれたが、駄菓子は儲けがない。蓄えを減らしながらでも憩いの場を存続させたくて続けている。子どもの数が全盛期の5分の1に減ったとはいえ、今も地蔵盆の時が一番忙しいという六條さん。盆には袋詰めされたお菓子にのしをつけて配達する。「子どものおまつりやからね」昔風な暮らしを続けたいが、一緒になって町をどうにかしましょうという話にのってくる人が少ないのが悩みの種。子どもが地を出せる憩いの場所。六條さん自身も地を出して子どもと付き合っている。
住所|神戸市兵庫区東出町3丁目22-2
営業時間|7:00-19:00
定休日|水曜日
電話番号|078-671-6600
※掲載内容は、取材当時の情報です。情報に誤りがございましたら、恐れ入りますが info@dor.or.jp までご連絡ください。
掲載日 : 2019.11.27