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神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン

シタマチコウベ

下町日記

下町日記|十月二十三日(月)

ワタナベモモコ

十月二十三日(月)

2023.10.30

淡路島で夜通しの宴会を終え、そのままバスを乗り継いで神戸に帰ってきた。
誰かのタバコの匂いが染んだ服に、シャワーも浴びていない皮膚。ざらつく前歯。一人だけお下がりのランドセルを背負って入学式に来たよう。朝の世界で、すこし心細い。
スマートフォンのメモに残された知らないミュージシャンやアーティストの名前の羅列をぼんやりと眺めた。バスから見上げたうっすらと透ける月のような昨晩の記憶を、画面に重ねていた。

下町日記|十月二十三日(月)

午後三時ごろ、真野町へ向かう。下町芸術祭のために長田に住んでいる人を取材するという体だが、だんだん取材が億劫になってくる。今日の取材相手に正直にそう伝えると、いいんじゃない、おしゃべりしに来たと思えば、と返ってくる。おしゃべりは、億劫ではなかった。台所で夕飯を作るその人と、こちら側のテーブルに座る自分を、会話が行ったり来たりする。

その人の家には屋上があり、夕方の町を見渡した。その人は屋上へのドアを出て後ろを振り返り、双眼鏡で月を見た。朱が切れた印鑑のような今朝の月が、そのころには幾分か白色が濃くなり輪郭がくっきりとしていた。

その人の家を出て、細野晴臣の”Tip Toe Thru The Tulips with Me”を聴きながら帰った。ロマンチックな人のロマンチックな歌はずるい。
そういえば、と思い出した。中学生のとき、クラスのどうでもいいような男子が月の横で光る金星をみて「月のえくぼやな」と言った。どうでもいいような人がどうでもいいようにロマンチックなことをいうのは、なんだかもっとずるい。

下町日記|十月二十三日(月)

登場人物

ワタナベモモコ

京都在住。神戸市垂水区に生家が、兵庫区に実家がある(19で見つけた家を実家と呼んでもいいなら)。身体表現を軸に、あまり箱や枠や型にはまらず表現する。
2021年、お金を介さず生活する〇円生活を実行。下町芸術祭2023の参加アーティスト。

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