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神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン

シタマチコウベ

下町くらし不動産

ゲームサウンドが育まれるオフィススタジオ

2022.04.04

リノベーションされた空き家や空きビルに伺い、どのような場所に生まれ変わったのかをリポートする不動産コラム。第14弾は、新長田駅近くのビルでもともと靴の工場だった場を「オフィス兼スタジオ」に改修した物件です。この物件に移転したゲームサウンドを制作する株式会社プラスシグナルは、業界の仕事が集まる東京に拠点を持ちながらも、あえて神戸に本社を構えています。普段あまり知ることのないゲームサウンドの世界、移転にあたっての改修のポイントなどについて、プラスシグナル代表取締役 大久保悟さんにお話を伺いました。
※神戸市「アーティスト・クリエイター等の活動拠点支援事業」対象物件です。

 

業務用エレベーターの音に惹かれて即決

プラスシグナルは、ゲームサウンドという特殊な業界でサウンドディレクションやサウンド素材の設計・制作を行っています。例えば、野球ゲームであれば、球を投げる音や球を打つ音、選手が走る音、歓声など発生する音を一つひとつ緻密に設計、制作します。一つのゲームにつき、音の数は何万にもなり、気の遠くなるような細かな作業が行われているそうです。

大久保さんは、KCE大阪(現コナミデジタルエンターテインメイント)、カプコンといった大手ゲーム会社でサウンドプログラミングやサウンドディレクターを担っていました。「実況パワフルプロ野球シリーズ」や「戦国BASARAシリーズ」「バイオハザードシリーズ」など、数々の著名なゲームのサウンドに関わり、その後2017年に独立。勤務地だった大阪を離れ、奥様の実家がある神戸で開業しました。

「リモートで仕事をするなら、と妻の実家のある須磨にオフィスを構えました。とはいえ、ゲーム業界も知的財産は東京に集中しているので、東京にも作業場があります。でもスピードが早くフリーランスの人も多い東京に比べて、神戸の方がしっかりとチームで地盤を固めて、落ち着いて仕事ができるのではないかと事務所を構えました。今回は、スタッフも増えて制作環境を整えたく、事務所移転を決めました」

現在は大久保さんの他にスタッフが2名、今後新規スタッフの採用も予定しています。移転先の新長田駅近くにあるビルは、もともと靴の工場でした。ワンフロアが広く、新事務所はフロアの半分ほどを占めます。他の階も制作会社の事務所があり、この建物に決めた理由を尋ねると、大久保さんらしい回答が戻ってきました。

「最初に物件を内覧したときに、業務用エレベーターの音に惹かれたんです。『フィン』という音が、いい音だなあって。僕、音フェチなんですよ。それに、隣に他の企業がいると音に気を使いますが、ここなら集中できると思いました」

 

改修の内容について

改修の様子をご紹介します。改修期間は2ヶ月。防音をはじめ、ゲームサウンドのオフィススタジオならではの設備を施し、かかった費用は1000万円ほど(うち100万円が神戸市の補助額です)。

【エディットスタジオ】
ゲームサウンドという特殊な業種用のエディット(編集)スタジオ。5.1サラウンドという専門の環境で、正確な音の編集を行う。正確な音のためには、部屋の音の響きをよくすることが重要。防音だけでは音が跳ね返るため、吸音と調音も施されている。木とウレタン、吸音材用のジャージクロスを張り、音を乱反射させて分離している。この空間を制作したのは、かの有名アーティストのスタジオも手がける同業の方。エンターテインメントを生み出すからこそ、無機質ではないデザイン性のある空間を重視。

【オフィス】
入り口すぐの広い空間をオフィスに。スタッフのデスクを配置し、作業するための空間。絨毯を敷くなどの床を改修と、壁には防音を施している。打ちっ放しの天井とレールは元の工場のまま。天井に張り付いている長方形のカラフルなものは、ガムテープを色で隠してあるが用途不明。

【ミーティングルーム】
もともと倉庫だった一室の壁や床を改修しミーティングルームに。オーナーの要望で、この部屋の天井の鉄骨も当時のまま残している。この部屋ではスタッフやお客さまと映像を交えながらミーティングをする予定。

 

この仕事は面白くて仕方がない

これまでプログラムした音や、ピアノの音に反応して花が開いていくシステムを設計した作品、環境保護の案件でプラスチックごみの音で作った音楽など様々な事例を紹介してもらうなか、録音するための道具として大久保さんが取り出したのは、長さの異なる2本の刀。持ち手そばの部分は曲がっていて、2本を重ねると、シャキーンシャキーンと、音が広がっていきました。

「刀のゲームを作ることが多いのですが、これは鍛治職人さんが口コミで伝わった人にしか作ってくれない大事な刀です。手元部分の刀が曲がっているのは、音を響かせるためです。摩擦や刀を温めることでも音が変わります。実際にこの刀で録音もしますよ」

ゲームサウンドの設計・製作までできる人は限られていて、ゲームの需要に対して常に人材不足だと話す大久保さん。業界として人材育成の課題があり、大久保さんは教育面にも関わっていました。

「この業界は一般の方には知られなくて、学生にも知られることが少ないんです。専門学校では録音の授業はあるものの、その先の技術を教えていなくて、学生がすぐ現場で働けるスキルを身につけるのは難しいのが実情で。それでは困るので、独学で学べる教材を制作したり教えたりしています。僕にとっては面白くて仕方がない仕事なのですが、どう伝えたら良いかは難しいところ。でも同業者は皆仲が良いし、いつも気持ちよく仕事をさせてもらっていますよ」

また、大久保さんはゆくゆくこの神戸の地域にも貢献していきたいと考えています。

「例えば、新長田の工場で働く職人さんの出す音で、音楽を作ってみたいですね。どんな職人さんがいてどんな音を出しているのか、この町の音に僕自身とても興味があります。そういった音を通してこの地域に貢献することができるなら、喜んで協力させてもらいたいです」

実際に、音を通じた地域プロモーションや市民の人々の感性に届く作品のイメージが膨らんでいました。あまり馴染みのなかったゲームサウンドの世界を丁寧に教えてくださり、取材中、常に面白そうに話す大久保さんが印象的でした。これから、この場所でどのような音の数々が生まれ、世界に放たれていくのかとても楽しみです。

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