リノベーションされた空き家や空きビルに伺い、どのような場所に生まれ変わったのかをリポートする不動産コラム。第13弾は、長田区東尻池町の商店街跡地に今春オープンする「ヒガシシリコンバレー」です。かつて魚屋だった廃墟を解体し、廃材を活用してオルタナティブな空間に改修しました。この物件を手がけた建築集団「西村組」の代表 西村周治さん、塚原正也さんは、他にも神戸市内で様々な空き家の改修を行なっています。今回改修に至った経緯や東尻池町の魅力について、お2人に伺いました。
※神戸市「アーティスト・クリエイター等の活動拠点支援事業」対象物件です。
石畳に魅了され、商店街跡地に生まれるシェア工房
東尻池町はゴムなどの製造工場があり、「働く=住む=食べる」が完結するエリア。「苅藻駅」から徒歩10分、住宅街の細い路地にある物件は、もともと魚屋さんでした。廃業後、入居者が亡くなってからは長いこと空き家で猫屋敷の廃墟に。長屋の両隣に支えられてなんとか建っていた状態だったそう。「なんで立っているのかと思うほど、全部の柱が腐ってハリが落ちて、すごかったです。でもそういった物件を手がけるにつれて、直せないと思うことはなくなってきました」(塚原さん)
特に2人が注目したのが通りの石畳。戦後、鉄道で使われていた石畳を移植した大変珍しいものでした。「この石畳はとても貴重で、残っていることが奇跡です」(塚原さん)
「前から商店街跡地に対しておもしろいものを作れないかと思っていました。ここは元商店街で石畳があったので場所は知っていました。僕は自分から物件を狙いにいくことはなく、周りから情報が集まってきてそこから選ぶのですが、ここもその中の一つでした」(西村さん)
西村組は、解体で廃棄される廃材を回収し、廃材を資源として空き家の改修に活用する手法で神戸市内のさまざまな物件を手がけています。
「物件を改修するなかで、廃材を活用してプロダクトを作るメンバーを集めたいという構想が生まれました。彼らと工房を共有してガラクタを集めて椅子などのプロダクトを作ったり、一般の人もリペアができるワークショップなどを開催したりする拠点にしたいなと思っています」(西村さん)
改修の内容について
2階建ての長屋の一角を解体・改修した様子をご紹介します。なお、改修期間は10ヶ月(現在も改修中)ほどで、改修費用は300万円(うち100万円が神戸市の補助額です)。
廃材やゴミを再利用して内装に活かし、土間をきれいに整えました。西村さんの構想と直感を基に、塚原さんと左官屋の八田公平さんが中心となって解体・改修を行いました。
「解体は最もクリエイティブな作業です。解剖と同じで、家は解体することでその建物が本来どういう形なのかわかります。ほぼ一人で解体しました」(塚原さん)
【内壁(左)】
当初は真っ平らな壁を作る予定が、左官屋の八田さんが「面白くない」とひと言。廃材をドローイングするようにアクセントをつけて配置し直し、その上にモルタルを塗りガタガタで立体感のある壁に仕上げた。モルタルの配合を変えて色や手触りを変化させている。
【内壁(右)】
屋根や外壁だったトタンを壁材として使用。「トタンを使ったのは、捨てるのがもったいなかったから。本来ここまで腐食したら使うことはできないですが、室内であればこれ以上傷つけることはないので」(西村さん)
【土間】
ガタガタしていた土間と、畳の部屋を壊して一枚の土間に整えた。木工や鉄工の道具や机などを配置する予定。
【金庫】
ゴミと化していた開かない金庫の扉を解体して配置。左下にスイッチパネルを取り付けて電源のスイッチと配線も完備。右下は大型扇風機を接続する予定。
住みながら改修して、この町が好きになった
塚原さんは、解体・改修中この物件に住み込みで作業し、町内を飲み歩きました。物件にガスも電気もなかったけれど、近所の人たちがストーブをくれて何台も集まったのだそう。また、この町周辺で働く人たちが暮らし、飲み食いする姿を間近に見て、この町が一層好きになったと言います。
「東尻池は基本周辺で働く人が住む地域で、新長田と違ってここに来る目的がないから外から人が来ないんです。唯一、焼肉屋の『牛車』には外からも来るけど、『牛車』に来てもまちのことは知らない。東尻池は地元のお客さんだけで成り立っている店が結構ある。漁民の方や夜勤明けの工員の人もいて、昭和初期の循環が残っているようで。朝から昼で終わる食堂とか、メニューがあるのに強制的にサービス定食にさせられる店とか。定食を出してくれる店は『凡』という食堂で、物知りのおっちゃんがやっていますよ」(塚原さん)
そんな古きものが残る東尻池町には、独自の文化が残っている秘境だと教えてくれました。
「東尻池は大体みんな近くで暮らしていて、そうじゃなきゃ成立しないお店があることが魅力。今後どんどんなくなっていくと思うけど、企業の孫請けの鉄工所やゴム屋さんとかがかろうじて残っているから成立してる。最後はどこにでもあるような住宅街になる可能性はあるけど、まだ終わっていない。ただのベットタウンには文化が育まれにくいけど、東尻池は独自の文化がそのまま残っている文化的秘境なんです。それに、このエリアは雑誌などのメディアに紹介されるなんてことは全然なくて、対外的にも知られていない。情報としても、外の人に知られていないという意味で神戸最後の秘境だと思うんです。文化が残っているにもかかわらず周りの人に知られていない。働いている人が、ここで働いてここで住んでここで飲んで、文化が醸成されていく。一般の人が行けないところも、味があっておもしろいんです」(塚原さん)
東尻池町の文化を敬う眼差しや、廃材を活かす改修のスタイルに、彼らの審美眼を感じました。今後シェア工房でどのような動きが生まれ、東尻池の一部としてどのように溶け込んでいくのでしょうか。シェア工房はこの春オープン予定で利用者を募っています。また、2階には住居スペースも完成し、住みながら作業したい人も募集中です。工房を通して神戸最後の秘境、東尻池町に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
掲載日 : 2022.03.28