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今夜、シタマチで vol.25

バタバタ御崎公園編by佐々木純

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    「今夜、下町で」記念すべき第20弾(記事としてはvol.25)は、御崎公園を舞台に、神戸の移動する八百屋さん「mocchi」を運営している佐々木純さんが、下町初心者として御崎公園を飲み歩いた記録をお届けします。御崎公園の住宅街から届けられたお洒落に始まり、ディープに終わった一夜。初心者だった佐々木さんの記録をご覧ください。

    文:佐々木純 撮影:岩本順平

     

    市営地下鉄海岸線。あと2分もすれば御崎公園駅。

    水曜日の夕方。ガランとした電車に揺られるぼくの鼓動は早く、その音に耳をそばだてるとますます心臓はやかましくなる。吐き気をもよおすほどに。
    電車に酔っているわけでも、酒に飲まれているわけでもなく。
    不安。緊張。

    むしろこれからなのだ。スマホを必死にスクロールする。

    出不精で、新しいものごとにはとことん緊張するぼく。

     

    1992年に岩手に生まれ、28年目の今年、7月某日。飲み歩きなるものを初めて行うことになった。
    場所は、御崎公園駅近辺。

     

    「今回の飲み歩き、難易度は最高ランクですよ」
    地下鉄の改札を通り、階段を降りながらふとそんな言葉を思い出した。
    飲み歩きの日程を決めるメールの中で、確かそう言われていた気がする。

    全く知らない土地、ディープな下町、難易度は高い・・。
    気まずい雰囲気の飲み歩きになったらどうしよう、そんな暗雲が一瞬頭を過っただけだったが、
    そうしたら最後、心臓は唸りをあげて早くなった。

     

    ”御崎公園駅 居酒屋”
    手汗で湿ったスマホ、Google検索を必死行う。画面にかじりつきスクロールする。
    ふと顔を上げる。目の前の駅の看板には”御崎公園駅”の文字。気付いたら駅に着いていた。

     

    不安が10割の中、最初に伺ったのは駅を降りてすぐのイタリアンのお店、トラットリアサッサさん。

    落ち着いた暖色系等の店内に一歩足を踏み入れるとそこは別世界。
    手仕事を思わせる白い壁に反射するオレンジ色の光がぼくの心を落ち着かせてくれた。

    マスターの佐々木さんに案内してもらい、奥側のカウンターへ。

    まずはハイボールをぐいっと。キリッと爽やかながらも厚みのあるハイボールは、緊張で縮こまっていたぼくの食欲をこじ開けてくれた。

     

    さて、何を食べようか。
    塩っ気があり、濃厚なものを欲している自分に気付く余裕も出てきたぼくは、鳥の肝、エビの唐揚げを注文。

    会話に少しの間があったのは最初だけ。
    料理を待っている時間、マスターとの会話が弾む弾む。
    マスター、一見寡黙そうだけど、話しやすい方でよかった。

    ラグビーW杯の時は永遠とも思えるくらいにビールの注文が続いた話。
    実はあそこのセブンイレブンがここらで一番儲かっているらしいという話。
    手触り感があって、体温が感じられて、着飾らない言葉たちに触れる度、次に話したいことが浮かんで来る。
    マスター、もう言っちゃいます。ハイボールしかまだ飲んでないけど。

    また来ます。
    途切れない会話の中に自然と溶け込んで、注文した料理が登場。

    艶やかな肝は店内の光を反射して一層美しく、海老たちは香りだけでお酒を飲ませるほど香ばしい。

    もう美味しいぞ。
    この時ばかりは頭に浮かぶ次の会話のボールを留め、熱々の肝を口に頬張る。
    スッと一噛み、肝に歯をそっと通せば濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。
    嫌な臭みなど一切ない、トロッとほどけていく肝達。
    広がっていく濃厚な味わいをほのかに振られた塩達が締めてくれるから重く感じない。
    思わずハイボールを一口。間違いない組み合わせだ。

     

    お次は海老達。
    一尾を取り、口の近くに持っていった瞬間、フォークを持つ手が止まった。
    至近距離で届く香りに思わずハイボールが飲みたくなったからだ。海老の香り、抜群。
    いや、まずは食べよう。
    一口頬張れば、もう、言わずもがなであった。海老自体の甘みが引き立っているのはもちろん、大きさ数センチの海老と侮れないほど味噌の風味が濃い。
    思わずハイボールを一口。もうグラスは空だ。

     

    「なんでここでお店を開いたのってすごく聞かれるんですよね」
    そう、ぼくもそれが気になったんですよ。
    この美味しい料理達を味わいながら聞くべきは、マスターの過去だ。そう思って聞いたぼくの言葉に佐々木さんはお話を始めてくれた。
    学校の調理人をされていたお母さんの影響で小さい時から台所に立つのが当たり前だった佐々木さん。
    大阪の繁華街で修行をし、地元長崎で独立しようとした時にリーマンショックが起こり・・。

     

    「この駅に降り立った時に、直感で思ったんですよね。お店をやるならここだって。」
    読んで頂いてる方にはぜひ佐々木さんと言葉を交わしてほしい。
    そう思うのでここでは全てを敢えて記さないが、佐々木さんの過去を見せて頂きながら最後に聞いたこの言葉に、ここでお店を構えた理由がぼくの中にもスッと入って来た。

    最後にマスターお勧めのホワイトアスパラを。
    ホワイトアスパラの優しい甘さが、溶かしたバターの甘くも鼻の奥で深みを感じさせる香りをまとって口の中に広がり。
    とても優しい気持ちになって一軒目を後にした。

     

    一軒目からかなり濃い時間を過ごせたな。
    まだ暗くなりきらない19時頃の夜風は自分を驚かせるくらいに余韻に浸らせる。
    暗く渦を巻いていた不安の塊はもうすでに消え、ぼくはもう飲み歩きの虜になっていた。

     

    足取り軽く、二軒目はとり皮が美味しいと聞いていた唐々亭さんへ。

     

    扉を開けると、お客さんの活気で体が押される。
    肉が焼ける匂いと音。フツフツと煮立つ鍋の湯気。
    久しく感じていなかった”エネルギー”というものがそこに満ちていた。

     

    入り口近くのテーブル席へと座り、まずはここでもハイボール。
    心地よく喉に流し込んだ後で取材のことを伝えると、快諾してくれた。

     

    「ええもう!ぜひぜひ!そのええカメラで美味しそうに撮ってね!」
    言葉の一音一音に、そしてその音を発する表情に底がないほどの明るさとパワーを感じる店長さん。
    そうか、この店長さんだからなのか。
    お店の活気がどこから生まれているのか、その始まりを見た気がした。

     

    ほどなくして注文していた肉達が登場。
    27歳、未だ肉への食欲は旺盛。無限に食べられる。

    厚めにきられた肉達は焼いてもしっかりボリュームを保っていて。
    一噛みごとに生まれてくる、しつこさがない肉汁が口中に広がれば自然と欲するハイボール。
    よく企画で『ご飯の最強のお供は?』なんていうものがあるが、もし『ハイボールの最強のお供は?』と聞かれたらぼくは迷わずこの肉汁を推薦するであろうな。

    そんなことを妄想しながら、次はとり皮をいただく。
    なぜか焼かれるとり皮から目が離せない。
    すでにほろ酔いになっているからか、いや、多分食欲のせいだ。
    少しずつ丸まっていき、徐々に皮に焼き色がついていく。食べ頃を逃さず、熱々なのを承知で口に放り込む。
    パリッとした歯ごたえの音、その後をついて上品な甘みの油がワッと広がる。最後の最後まで噛み締めて旨味を抽出したくなる。
    正直にいうと、油だけ大量でギトギト、ゴムっぽいとり皮に当たることがこれまで多かったが、それとは一線を画している。うまい。
    う~ん、何とも幸せな瞬間。

    完全にスイッチの入ったぼくの食欲は、自然と鍋メニューを発見させた。
    辛さの段階を選べることを知り、選んだ番号は10。直感。市販のキムチの数倍辛いらしい。

    真っ赤な鍋が来るのか?ちゃんと完食できるのか?
    焼肉で火照った体をハイボールで冷やしながら少し冷静になって、幾分かの不安と一緒に鍋を待った。

     

    数分後、ついに鍋が登場。
    もやし、キャベツ、白ネギ、薄揚げなどの具沢山な山を包み込むようにスープがグツグツと煮えている。
    辛さの自己主張は控えめなその見た目に少しホッとした。
    全ての具材をお皿に入れて、さあ、いただきます。
    辛い、開口一番そう言う準備をしていたが、その予想は見事に外れた。
    味が複層になっている。
    確かに辛味はあるが、その前に野菜、薄揚げから滲み出た甘みを一番に舌がキャッチするのだ。
    そしてその後にホルモンの甘さを纏った肉汁と旨味が広がる。この時点では、丸みを帯びた優しい味わいに口が満たされているが、最後にジワジワと辛味が味の輪郭を締めていくのだ。
    辛さが最後に来る分、食欲はさらに加速し、あっという間に鍋とハイボールは空になっていた。

     

     

    大満足で二軒目を後にしたぼく。
    夜も更けたせいか、外には歩く人はほとんどいなく、車も通っていない。
    さっきまでと180度違うこの空気に触れると、何だか人の活気というものが恋しくなる。
    さあ、次のお店へ向かおう。

     

    暗がりに浮かぶ暮らしの明かり、住宅街を縫って歩いていくとお目当のお店をやっと発見できた。
    本日最後のお店は、幻の怪しい店くろーびーさん。

    ガラガラと引き戸を開けるとすでに常連さんが。
    「こちらへどうぞ」
    柔和な印象の店主さんに案内されて、10人が座れるほどのL字型のカウンター、その奥に通してもらう。
    ホッと一息つきながら席に着き、店内を見渡す。すると一番に目についたのは音楽機材。
    ひっそりと、でも確かな存在感を醸し出している。お、その後ろにはジャンルを問わずに様々な本達が。店主さんの趣味だろうか。
    他の居酒屋では見たことがない希少なメニュー。
    目線を変える度に次々と飛び込んで来るお店の表情は全く飽きない。居心地のいいカオス感を感じる。
    拒まず、受け止め、馴染む。
    ぼくも馴染めているだろうか。

    「チレ刺しですかね。生でレバーが食べられなくなったじゃないですか。けれどね、このチレは生食が許されていて、しかもレバーよりもうまいんですよ」
    オススメを聞くぼくにこう教えてくれた店主さん。
    それはもう、一択。チレ刺しでお願いします。

    見るからに新鮮そのもの、綺麗なピンク色を帯びたチレ(ひ臓のこと)。
    鮮度が落ちるのが早いため、本当に希少なんだそう。
    シンプルにごま油と塩で。一口で頬張り味わう。うん、まさに食感、風味はレバーそのもの。上あごで押しつぶすとより風味が際立ってくる。
    濃厚なのだが、まったりどろりではなく、どこか軽やかさがあるからかお腹が満たされているぼくでもするすると食べられてしまう。
    これは辛口の日本酒が最高の相棒に間違いない。

    と、ここで店主さんのご友人が来店。
    同行してもらっていたカメラマンさん、ライターさんともお知り合いということで昔話に、プライベートな話に花が咲いていく。満開だ。
    ぼくにとっては全く初めましてな話題。だけれども、すんなりぼくを溶け込ませてくれる。楽しくてお酒が進む。
    耳には90年代の邦楽、目には店主さんも奥さんも含めて全員が楽しそうな店内、舌にはほろ酔いでもなお旨さを感じさせるお酒と新しく頼んだ”ねりうに”。

    どれだけ笑っただろう。時間なんてものの存在を忘れたのはどれくらいぶりだろう。

     

    何気なくスマホの画面を見た。

    ”0:00”

    一瞬の間を置き、あと5分で終電がやってくるという事態に置かれている自分に気づいた。

    「まあ、乗れんかったら戻ってきてくださいよ!佐々木さんの自宅の方やったらぼく送っていけますから!」
    知り合って1時間30分ほど。そんなぼくに対しての店主さんのその言葉は、ラーメン、どんぶり、甘いもの。どんなシメよりも今日1日の終わりにバッチリだった。

    なんかバタバタですみません、ありがとうございました!またきます。
    ぼくは何故かどこまでも走れるような軽やかさで駅へ向かって走っていった。

     

    市営地下鉄海岸線。あと1分遅れていたらぼくは帰れなかった。
    気付いたら終電。すっかり御崎公園の虜になっていた。

    日をまたいで木曜日。ガランとした電車に揺られるぼくの鼓動は早かったが、行きの鼓動とは違い、不思議と心地がよかった。
    満腹。満足。

    また必ず来よう。スマホをスクロールしてカレンダーに予定を入れた。

    掲載日 : 2020.08.26

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