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神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン

シタマチコウベ

下町日記

ドキドキ駒ヶ林編 by 松本ゆか

vol.03

2018.05.10

第3弾は再び「駒ヶ林」を舞台に。下町のディープ&カルチャースポットの角打ちを3軒、そして、長田らしく鉄板1枚を囲むお好み焼き屋さん、最後はちらっとお寿司屋さんをめぐります。 はしご酒人は愛酒家の主婦・松本ゆか。長田神社より西は未知の世界という中で初めてすごした、長田のすてきな一夜の記録。

文:松本ゆか 写真:岩本順平

 

角打ち3連チャン

 

ちょうど日が沈んだばかりの午後六時頃。まずは町の空気にからだを慣らそうと、繰り出したのは商店街の角打ち。酒屋さんは町の顔。そこに集う酒飲みさんは町の活気である。

 

永井酒店

何を隠そう筆者は角打ち初体験。おずおずと連れの後ろに続いて入店し、引き戸を閉めようとしたところ、早速失敗。どうやら気づかないまま戸を逆方向に引いてしまったらしい。と、「ちがうちがう、逆やでー」とすかさず先客のおじちゃんのフォローが入る。お、怖くないぞ、とへらへらしながらテーブルのすみに落ち着いて、まずは店内をぐるり。なるほど、カウンターの上や冷蔵ケースのなかから自由におかずをえらんで取って、それをお店のひとに自己申告すればいいのか。お酒は冷えたのは冷蔵ケースに、ほかの焼酎やなんかはカウンターにあるのね。あ、いかなごがある。おでんいいなあ。などと情報収集しつつ、まずは瓶ビールで乾杯。

あまりにきょろきょろしていたからか、ここでとなりのお父さんがいろいろとレクチャーしてくれる。火木土、いつもお家でごはんを食べる前にここで飲む。なぜかというと、ここならかっこつけずに、好きなものが飲めて、しかもそういう素の自分のままで付き合いできる知り合いが増えるから。・・・という正しい立ち呑み指南にはじまり、奥さんの作るごはんはすごくおいしいというノロケ(?)、子供はいてもいなくても、なにより夫婦二人の仲がしっかりしていることが一番という人生訓、神戸の食文化は西洋、コリアン、チャイニーズなどなどのまぜこぜ、好いとこ取りで、だからすごく豊かだという文化論まで、話題は尽きない。もちろん、それはこちらが食い入るように聞いているからで、お父さんが押しつけがましく持論をぶっていたワケでは、けっして、ない。

 

 

そうこうしているうち、それまで特にこちらに注意を払っていたようすもない、よそのテーブルのお父さんが、おもむろに冷蔵ケースからお酒を2本とりだすと、ひとつを自分に、ひとつを目の前のお父さんに「ほい」と渡した。おごりだよ、ということらしい。「な、こういうこと」と言って、お父さんはにこにこ笑う。なるほどなるほど。ここでは一人で呑んでても、一人ではないのだ。それにしても、皆さん、よく呑む!

 

すっかりほろ酔いになったところで、お店をあとにした。

 

正賀酒店

 

調子が出てきてもう一軒。すてきなお父さんのおかげでさっきはついゆっくりしてしまったが、角打ちは本来、長居しないのが粋というもの。ここからはその王道にのっとって、キュッと決め、シュッと立ち去るスタイルでいきます。

 

やわらかな笑顔のお姉さんに頼んだのは、えいひれととんかつ。とんかつには、やっぱりビール。カウンター奥に下げられたホワイトボードには、メニューとともに「今日も一日お疲れ様でした」というやさしいねぎらいのことばが並ぶ。なんかいいなあ、こういうの。

今日一日がんばったひとはもちろん、そこそこ手を抜いたひとでも、やっぱり「お疲れ様」を言われるのは嬉しい。その日たいしてがんばったわけでもない筆者も、いっぱしにとんかつをビールで流し込み、一日を終える満足感にしばし浸る。

 

次に来たときは、ぜったいマッコリを呑みたい!

 

たねがね酒店

 

たった二軒しかまわってないにもかかわらず、気分はもうすっかり立ち呑み玄人。意気揚々とのれんをくぐり、入り口近くのこじんまりしたテーブルに陣取る。

(自分としては)慣れた手つきで冷蔵ケースからカクテキをとりだし、「これ、いただきます」と店のご主人に目配せ。そしてやっぱり瓶ビール。カウンターでは常連さんらしきみなさんがワイワイとお楽しみ中である。ふつうのレストランや飲み屋さんとちがって、完全な「そと」とか「よそ」ではなく、かといって「自分のうち」でもない、この中間のかんじが角打ちの醍醐味なのかなあ、なんて思いながらぼんやり店内のテレビを見上げているとき、まさにそれ、という事件が起こった。

 

 

あ、これ見たかったんだ!と楽しみにしていた番組が始まって、身も心も前のめりになった瞬間、無情にも常連さんによってチャンネルが変えられたのである(苦情ではないです、念のため)。呆気にとられながらも、幼いころに居間で家族とチャンネル争いをした記憶がよみがえって、思わず笑みがこみ上げた。テレビの前に座っていながら、見たい番組が見られないなんて、何年ぶりだろう。実家を出て以来、久しく経験していない。番組を見逃した残念さよりも、懐かしさを強く感じている自分に、我ながらびっくりしつつ、ああ、やっぱり酒屋のカウンターっていうのは、町のちょっとした居間なのかも、と納得した次第。それも、大人専用の。

 

居間での過ごし方は、人それぞれ。ひとり黙々といてもいいし、おしゃべりを楽しんでもいい。思い思いにくつろいだ後は、みんなちょっと元気になって、また、自分の持ち場に帰っていくのである。

 

炭水化物2連チャン

 

だいぶ酔ってきた。そろそろ今夜の仕上げといこう。

 

みずはら

 

ソースをつくることを、ソースを「炊く」と言うと知ったのは、神戸に住むようになってから。スーパーの陳列棚にずらりとソースだけ並ぶソースコーナーも、神戸で初めて目にした光景である。やっぱり、下町のソウルフードとして粉とソースは外せない。そんなわけで、お好みの老舗みずはらさんにお世話になる。

 

お店のなかに一台でんと置かれた鉄板を取り囲み、頼んだのはシンプルな豚ばらのお好み焼き。油のなじんだきれいな鉄板の上に、手際よく生地が広げられ、やがて香ばしい匂いが立ちのぼる。食べる前からもうおいしくて、ついついビールに手が伸びる。

 

 

こちらで使われるソースは、味見したところ少し甘め。これが、たまご多めの黄色い生地と、生地のなかで蒸し焼きにされたしんなりキャベツ、そしてカリカリになった豚の脂という、食感・種類の異なる甘みと幾重にも重なって、えも言われぬ一体感をつくりだす。うまい。

 

ぺろりとたいらげた。

 

米八

 

大団円はやはり米でしょう。ここでキリッとしたお寿司やさんが候補に入るというのが、長田のふところの深さである。すばらしい。

 

なまこ、菜の花、いかなご、ふぐの煮こごりという季節感あふれる突き出しを前にして、日本酒を頼むなというのは無理。さっそく熱燗を注文する。ちびちびつまみ、呑みながら、ゆるんできた頭のなかで今日のこれまでの出来事を回想する。どのお店も、すっきりと親切だったなあ。お酒を呑むって、楽しいなあ。

 

始まりは夕暮れだったけれど、もうすっかり夜。ぴかぴかに輝くにぎりの盛り合わせと、あなごの箱寿司が、今日の終着点である。

 

大満足のお腹をさすりながら、帰り道に考えた。

 

次はいつ来よう?

 

 

 

※掲載内容は、取材当時の情報です。情報に誤りがございましたら、恐れ入りますが info@dor.or.jp までご連絡ください。

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