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神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン

シタマチコウベ

下町の店≒家家みたいな店

2022.01.17

vol.02

苅藻 ふぐ鍋・鍋料理

よしい亭

文:竹内厚 写真:竹内厚、岩本順平

苅藻の夜は暗い。とりわけ新湊川沿いの道は倉庫や工場も多く、「夜」を存分に味わうにはもってこい。

そんな中、一軒の住宅から明かりが漏れる。こちらが今回の目的地「よしい亭」。


窓の向こうにのぞく室内は、ふと目にしてしまった他人の家のごとし。手前には回転焼きの鉄板が。

あまりに情報量のない写真が続くと不安になるかもしれないので、昼に撮影した1枚も。軒先で回転焼きを売る”ひとんち”にしか見えないが、夜になればナイスな鍋店へと変わる。

入店。ベタすぎて我慢したいけど、それでも口をついて出てしまう「ただいま」のひと声。

玄関入ってすぐの居間・客間にあたる部屋に、本日の鍋がすでにセットされていた。近所の寄り合いの風景ではない。

すき焼き用の肉がどさっ。近所の精肉店「庄田軒」で仕入れる肉を惜しみなく。そして、すべての鍋は自動的に飲み放題付きに。「酒の杯数数えるのも邪魔くさいし、もうええわと思って」。この日、注文したすき焼きなら1人5,000円、ホルモン鍋は3,500円の明朗会計。

「店を始めてもう4~5年かな。友達が不動産やっとって、おれが料理できるのを知ってたから、「ヨシイ、ここ、ええ感じちゃうか」って紹介してくれたのがこの物件やったんよ。自宅兼お店にしたら家賃かからへんからね。飲食業の経験? 全然ないよ。ずっと長田の靴関係、裁断工やったんですわ。業界がもうキビシイから、しがみついててもしゃあない。何か始めるにはちょうどええんちゃうかなと思って」。

鍋に火をかける前に芳井さんがぽつぽつと話してくれた開店ストーリー、その気負いのないナチュラルさが家らしさに拍車をかける。逆にこちらは正座に。

少しずつ店らしさを伴ってきた台所。開業時からの看板メニューはふぐ鍋で、芳井さんがフグの調理免許を持っていたのは、30代前半に中央卸売市場でのバイト経験があるから。「先輩とフグ調理の講習にも通ってね。もう何十年も前やけど。それから、個人的に寒なったら自分の家でフグ料理して食べとったんよ」。

その頃からのゴルフ友達が今も中央市場に勤めているため、「フグは電話1本で持ってきてくれるから助かってます」。たくさんの皿や鍋は、「先輩の親戚とこが料亭やっとって、ちょうど店やめるから、ヨシイ、これ使えや」といういただきもの。

実は2階もあって、さらに家らしさ値がマックスに。

開店して数年、芳井さんはこの2階で寝泊まりしていた、というか暮らしていた。1階で入り切らない日は、こちらにテーブルを出していく。1階で15人、2階で20人ほどの大宴会利用もOK。なお現在、芳井さんの住まいはよそに。

「ええ具合に2階にも手洗いとトイレのついてる家やったから、すぐに営業許可もとれました」。フグヒレの日干しは日当たりのいい2階で。

というあたりで、鍋を開始。テレビとカレンダーの背景が絵になるシャッターチャンス。

すき焼きはまずネギと肉からいただくのは芳井さん家の流儀。「うちでこうしよったから」。

ふぐ鍋で店を開いて、いまや鍋メニューは8種類(ふぐ、くえ、はも、すき焼き、しゃぶしゃぶ、豚しゃぶ、とり、ホルモン)まで増えた。「魚の嫌いなお客さんもおって、なら鶏でも豚でもするわなって」。

すき焼きの割り下は自家製で、とり鍋なら鶏ガラから出汁をとって、ポン酢はカボスとスダチを何十キロと絞っての自家製で。豚しゃぶにはバームクーヘン豚(クラブハリエのバームクーヘンを食べて生育した豚。こちらは魚釣り友達関係のご縁で知ったもの)を仕入れて。で、この元気よく手に持ってる菜はなんでしたっけ…。

最高に仕上がった状態のホルモン鍋。シメはうどんかごはんで。これ以上の天国があろうか。再度書くけど、こちらは3,500円、飲み放題付き。

鍋をつつきながら気になる回転焼きのことも聞いた。コロナ禍の20年9月、何かできることはないかと始めたそうだけど、始めるにあたって助力したのはまたもや芳井さんの友達。「ベビーカステラ名人の友達がおって、粉のレシピから焼き方まで教えてもらって、何日か出店の手伝いにも行ってきた」。これまでの芳井さんのさまざまな交友関係がこの店に結晶しているのだと知れる。

「回転焼きを始めたおかげで近所の子供連れの家族が知ってくれて、夜も小っちゃい子連れて来てくれるようになりました。うちやったら子どもが走りまわっても怒られへんから。ちびちゃん歓迎!」。確かにここ以上に子連れで行きやすい店があるか。まさに親戚のおっちゃん家で鍋をいただく感覚。

満腹&飲みすぎな時間を終えて、気づけば最後に1枚撮っていた写真がこちら。なにかといえば、少し残った鍋とその材料を持ち帰り用に小分けしている場面。「残されてもしょうないし、持ち帰ってでも食べてくれた方がうれしいわ」。ちなみに、昼営業で残った回転焼きもすべて手土産に持たせてくれる。

家みたいな店といえば見た目の雰囲気のことに気を取られがちだけど、実はこの温かみ、優しさ、人柄の話なんですね。

それでもやっぱり昼に見る「よしい亭」は、店というより家のような佇まいだった。

下町の店≒家