スタジオ・長田教坊 パク・ウォンさん、趙恵美さんにまつわる4つのこと 長田だからこそ発することのできる芸能と想い

本町筋商店街で朝鮮半島の伝統芸能が学べるレッスンスタジオ「スタジオ・長田教坊(ながたきょばん)」を営むパク・ウォンさん・趙恵美さん夫妻。お二人は、「遊合芸能チングドゥル」という韓国と日本の伝統芸能を融合させたユニットで活動しながら、地域を活気づけるお祭り「遊合祭」を企画しています。長田に暮らしながら、全国で芸能活動を展開するお二人に、暮らしや芸能にかける想いについてお話を伺いました。

文:山口葉亜奈 写真:岩本順平


韓国と日本、それぞれの伝統文化を融合したユニット

ウォン:僕たちは韓国の伝統芸能のレッスンスタジオ「スタジオ・長田教坊」を経営しながら、「遊合芸能チングドゥル」というユニットで公演活動をしています。

「チングドゥル」を結成したのは12年前。自身の活動について悩んでた時期に、船内公演で韓国の伝統芸能を披露してほしいというオファーが入ったんです。その船は韓国と日本を行き来する豪華客船だったので、以前から考えていた韓国と日本の伝統芸能を組み合わせたようなグループでやりたい、とイベンターの方に逆提案してみました。日本で生まれ育った在日アーティストだからこそ発信できる音楽があると思っていて。それで誕生したのが「遊合芸能チングドゥル」です。韓国の打楽器と日本の和太鼓などのパーカッションにあわせて、韓国・日本の舞踊や歌の要素を組み込んだ、韓国と日本の両文化の伝統芸能を融合させたユニットで、多国籍なものを遊び合うという意味合いで遊合芸能と呼んでいいます。

商店街だから叶ったレッスンスタジオ

ヘミ:「スタジオ・長田教坊」は3年前、子どもができたタイミングで構えました。もともと二人とも教室を持っていて、あちこちの公民館を借りてレッスンをしていたんですけど、公民館って公共の施設なので、地域の行事などで突然キャンセルになることもあって。打楽器を使うので騒音の苦情もきたり、となかなか継続するのが難しかったんです。なので、事務所兼スタジオ兼家になるようなところをずっと探していて、1年経った時に本町筋商店街にあるここが見つかりました。2階はリノベーションされた綺麗な状態で居住環境が整っていたので、1階のスタジオを六間道商店街でレンタルスペース「r3」を運営している建築家の合田さんに工事をしていただきながら生活していました。住み始めたのは3月ですが、スタジオが完成したのは9月、本格的に始動したのが12月ですね。今は自分たちの練習やレッスンスタジオとしてだけでなく、ライブ公演をおこなったりもしています。この辺りは商売をされている方々が多いので、なかなか外に公演を見に行く機会が少ないんですよ。それなら、商店主さんが来れるこの近い距離で小さくやろうと思って始めました。全国各地にアーティスト仲間がいるので、関西に来たときにはうちでライブをしてもらっています。

この商店街にスタジオを構えて一番助かっているのは音の問題。ここは木造長屋なのでどれだけ防音対策をしても100%の防音は無理なんです。でもここではお互い様で成り立っています。商店街なので常にガヤガヤ音はしているし、食材屋さんだったら臭いがでるし。だからここに来て一番の防音は理解し合える人間関係なんだって改めて気付きましたね。

自分たちしかできない仕事と子育ての両立

ヘミ:わたしたちの職業って、誰かではなく私たちにオファーがある仕事なので代役がいないんです。だから仕事の事務部分もパフォーマンスも自分たちでしかできないというのが根底にあったので、子どもが生まれた時も里帰りせず、子育てと仕事を両立させながらやってきました。長田教坊は商店街にあるので、お惣菜屋さんや果物屋さんが目と鼻の先にあり、助産院もすぐ近くにあったので利便性の部分はもちろんのこと、常に周りに人がいる感覚があったので、私たちだけで子育てしている不安は自然と溶けていたんだろうなと思います。

子育てをする上で一番ありがたかったのはクライアントさんの理解があったことですね。産後2ヶ月で舞台復帰したのですが、楽屋に息子が眠れるような環境を準備してくれたり、おもちゃのおさがりをいただいたり、至れり尽くせりです。私たちのライフスタイル、パフォーマンススタイルを受け入れてくれるクライアントさんがいるからレッスン以外の公演活動ができているんだなって感謝しています。

震災の経験から生まれた「遊合祭」

ウォン:この町で「遊合祭」というイベントを2013年から続けています。「遊合祭」は僕がこの演奏活動をはじめたルーツにつながっているんです。もともと韓国の音楽には興味があり、サラリーマンをしながらサークルで音楽活動をしていました。1995年に阪神淡路大震災がおこり、学校や集会所が避難所になりました。それで僕は仲間たちと無事だった楽器を抱えて朝から晩までずっと避難所を回って慰問公演をしたんです。僕自身も被災者だったんですけどね。やっぱり音楽の力は素晴らしくて、被災した人たちの表情が音楽で和らぐんですよ。

2011年東日本大震災がおこった時、東本願寺で開催予定だった親鸞聖人750回忌の法要のイベントのリハーサルで津波の映像を見ました。そのイベント自体は不謹慎ということもあり中止になったんですけど、交通機関は止まっているし、飛行機も飛ばないので、帰れなくなったたくさんのアーティストたちと非公式で4時間ほどコンサートをしました。そこで出会った勘緑さんのお声がけで、震災の3ヶ月後に被災地での慰問公演をおこないました。いまでも毎年東北での慰問公演は続けています。そういった活動のなかで、じゃあ23年前に被災を経験した長田は今どうなっているのか、改めて立ち返ろうと思ったんです。戦災や震災の被害を受けた長田に活気が戻ればいつかのモデルケースになるんじゃないかと思って。それではじめたのが「遊合祭」です。町を芸で元気にしよう!という趣旨に賛同してくれた様々な地域で活動する多種多様なアーティストたちと一緒に、まずは長田区中をゲリラ的にパレードで練り歩きました。最初のお客さんが猫だったのをよく覚えています。

昨年、下町芸術祭2017のクロージングイベントとして「まちを元気に!遊合祭2017」をおこないました。地元の大きなイベントと町の人たちと、いわば町との協働という形でできて、5年目にして遊合祭らしい理想の形になったと思っています。「遊合祭」をはじめた当初は商店街にも人はおらず、自転車が行き交うだけでした。それでも、パレードや児童館などでのゲリラライブを続けるうちに、そこでであった子どもたちが長田教坊に足を運んでくれ、自然な流れで遊合祭キッズが誕生しました。遊合祭が地域の次の担い手である子どもたちの活動の場になり、外部のアーティストだけでなく、地域の人と連携して作り上げるお祭りになっていっているのはすごく嬉しいです。

今年はちょっと充電中。僕たちの活動で一人でも元気になってくれるのであれば続けたいと思っているので、もうちょっと待ってくださいね。