ダンサー 中間アヤカさんにまつわる4つのこと 新長田に住み、舞台に立つ、ということ

新長田の商店街に面したビルに、コンテンポラリーダンスのプロジェクトを行うNPO法人DANCEBOXが運営する劇場「ArtTheater dB KOBE」があります。そこでは、毎年十数名の国内外の若者がダンスを学び、その後、各地に散って様々な活躍をしています。その中で新長田に留まり、ダンスだけでなく演劇など幅広く活躍するダンサーの中間アヤカさんにお話を伺いしました。

文:住田スダタ 写真:岩本順平


ダンスをするために来た町

3歳からバレエを習い始めました。女の子ならバレエを習わせたいという親の思いがあって。それで、バレエにのめり込みました。一人で何かを成し遂げたいという想いが強かったんです。承認欲求も強かった。幼い時はバレエをやっている自分が好きでした。

生まれ育った別府を離れたいという想いもあり、中学生の頃からバレエを学びに海外に行きたいと考えていました。自然な流れで、高校1年生の時にオーディションを受けて、ロンドンのバレエ学校に留学しました。3年通う予定でしたが、途中で辞めて別府に戻りました。バレエに向いていないと思ったんです。身体的な能力とか。バレエって完璧なテクニックが基本にあってから、その上に表現力が乗っかってくる。学校ではバレエの成績は悪かったけど、コンテンポラリーダンスの成績はすごく良かったですね。ロンドンではホームシックにもなりました。

別府に戻ってからは踊ることから離れて普通に地元で働いていたんですけど、何となくダンスが恋しくなった時に、たまたまコンテンポラリーダンスを専門に上演しているDANCEBOXが「国内ダンス留学@神戸」の第1期生を募集しているのを知って、最後のチャンスだと覚悟して申し込みました。新長田との関わりはそれからです。

ダンサーとしてのキャリアの中で大きな転換点になったのは、亡くなられた振付家の黒沢美香さんの『Jazzzzzzzzzzzz-dance』(2015年2月ArtTheater dB KOBE、横浜KAATにて上演)という関西で活躍する13名のダンサーが出演した作品です。競争心を持っていたバレエダンサー時代を思い出しました。この作品では、大勢で踊りながらも、すごく孤独だったのを覚えています。その他には、「国内ダンス留学」同期の木村玲奈の作品『どこかで生まれて、どこかで暮らす。』でいろいろな場所に連れて行ってもらいました。形を変えながら上演し続けてきて、今年で6年目になります。

余所者だけど、居心地がいい人の雰囲気

「国内ダンス留学」のために住み始めるまでは新長田がどんなところか全然知らなかった。実は、阪神・淡路大震災で大きな被害を受けたことも知らなかったんです。神戸というだけですごくオシャレな街なんだと思ってて。だから初めてきた時は、母親と2人ですごくきれいな格好をしてきたんです!でも、新長田は違ってた。(笑)別府に似ていると思います。全然、違和感ない。

新長田に住み始めてもう6年も経つんですよね。こんなに長く住むとは思わなかったな。東京や他の場所でも活動しているので、最近は1年間の半分ぐらいは新長田にいません。どうして東京に住まないの、ってよく聞かれるんです。新長田に住んでいても決して不便じゃないし、これだけいろんな場所で踊っていたらどこに住んでも一緒だと思います。でも、6年も住んでいるってことは、無茶苦茶、新長田が好きなのかな。

新長田は人の雰囲気が好きです。私のことを余所者ってちゃんと認識しながら、余所者扱いしないところが不思議です。

ダンサーとして演劇作品に出演すること

昨年12月から、チェルフィッチュの『三月の5日間』という演劇作品のリクリエーション版に出演しています。

このカンパニーを主宰されている岡田利規さんとは、「国内ダンス留学」の授業で初めてお会いしました。1度目は記録係としてお手伝いをしたんですけど、岡田さんの授業を見てて、役者はできないなーと思いました。動くことと喋ることの繋がりが理解できなかった。その時の授業ではただ見てることしかできなくて悔しかったんです。1年後、次は参加者として岡田さんのワークショップを受けたのですが、その時自分の身体が得た感覚がとても新しいものだった気がして。もっとその世界を知りたくて『三月の5日間』のオーディションを受けて、合格しました。

この作品では台詞のまわりにあるものを想像することで、その想像に身体が動かされるということを大事にしています。普段自分が踊っているダンスと比べると、身体での表現の自由度がすごく限られています。その違いが面白かったですね。

また、初演の2004年から色々な場所で何度も上演されてきた作品のリクリエーションなので、ロングラン作品の力を感じています。自分たちとは違う俳優たちがこれまでに何度も『三月の5日間』を立ち上げ、数多くのお客さんがそれを目撃してきたという事実をふと考えます。
リクリエーション版の初演は横浜で、その後、京都や香川、山口など全国7都市を回りました。海外では北京でも上演していて、次はヨーロッパツアーが始まる予定です。

※『三月の5日間』
2003年、アメリカ軍がイラク空爆を開始した3月21日(アメリカでは20日)。この日を間に挟んだ5日間における、数組の若者たちの行動を語るチェルフィッチュの代表作。第49回岸田國士戯曲賞受賞。

バレエを超える表現、それを見つけていきたい

これからの活動をどうするのか、ずっとダンスで生きていくのか、まだ分からないですね。ただ、舞台に立つことを止めたくありません。バレエは私にとってのある種、呪いなんです。私の身体と精神をつくってきたのはバレエだと思っています。バレエダンサーとして生きていたかもしれない自分に、今でもやっぱり憧れます。だからこそ、バレエを超える自分だけの踊りを見つけたい。特にこんなことを表現したい、という具体的なことは無いのですが、演出家や振り付けとの対話を続けた結果、やりたいことが見えてくるはず。別府には戻らず、多分これからも新長田に住み続けるのではないかな。