ちびくろ保育園 田中純子さんにまつわる4つのこと 子どもの生き方の選択肢を広げる保育園

JR「兵庫」駅から徒歩5分。松原通を南下すると見えるピンクの建物と緑のテントが目印の「ちびくろ保育園」。夕方にはお迎えを待つ子どもたちが、園庭の大きな楠の周りを元気に走り回り、楽しそうな声が響きわたります。ちなみにこの楠は近くの公園から飛んできた種が知らぬ間に成長したのだそう。「ちびくろ保育園」は自由な園風が人気で、遠方から通う子どもたちもいるほど。今回は、「女先生」の愛称で親しまれている主任の田中純子さんに、保育園の誕生秘話や園での日々の生活を教えていただきました。

文:山口葉亜奈 写真:白石卓也


子どもが安心してのびのび遊べる場所をつくりたい

私がはじめて神戸にやってきたのは21歳の時。大阪で小学校教員をしていた頃、夫である牧師の田中英雄に出会い、兵庫区にある神戸愛隣(あいりん)教会に嫁ぎました。夫は牧師でしたが、牧師は職業ではなく生き方だという考えを持っていて、生活のために長田区の靴工場で働いたり、プログラマーをしたり、いろいろとチャレンジする人で。教会で保育園をはじめようかと言ったのも夫だったんです。私たちは結婚した翌年から2年おきに4人の子どもを授かり、教会に暮らしながら子育てをしていました。教会の向かいには大きな須佐野公園があるので、よく子どもたちを遊びに連れて行ったのですが、子どもたちがちっとも楽しそうに遊ばないんです。子どもたちにとって、家の外は車や自転車が行き交う危険に満ちた環境で、家の中は大きな声で騒ぐことができない窮屈な空間。だからこそ公園は、子どもたちが駆け回り、大声をあげて無邪気に遊べる場所のはずなのに、子どもたちは遊び方を知らなかった。私は「子どもは夢中になって遊ぶのが仕事でしょう」と思っていたから、もどかしくもあったし、悲しくもあった。だから夫に相談して、教会に子どもが安心してのびのび遊べる場所を作ることにしました。私たちがガキ大将になって子どもと一緒に遊ぶ保育園。それが「ちびくろ保育園」のはじまりです。長男が小学1年生の時にはじめて、最初の園児は未就学児の我が子3人だけでした。

保育園の延長にある町の公園

ちびくろ保育園の子どもたちは、私のことを女先生、夫を男先生と呼びます。保育士や事務員のこともあだ名で。ちびくろ保育園は言わば大きな家族のようなものだから、私たちも子どものことは呼びすてで呼んでいます。3人だった園児も、今や70人に。教会では手狭になったので、41年前に今の園舎に移転しました。それでもうちの園庭は子どもたちが遊ぶにはすごく狭くて。だから毎日近所の公園に出かけています。定番は歩いて5分の明親公園とその隣にある松原公園、入口に怪獣みたいな遊具のある通称・怪獣公園(兵庫駅南公園)。天気が良いときには兵庫運河沿いを散歩したり、大きな須佐野公園で運動会をしたり。0歳児も乳母車に乗せて出かけます。この辺りには子どもたちの遊び場がたくさんあるんです。子どもたちは公園に着くと真っ先に靴を脱ぎます。滑り台を反対から登るため。裸足になったら滑らないと気が付いたみたいで。普通は危ないよって止めるかもしれないけど、自然が少ないこの町では山道を駆け上る機会もないし、子どもたちが考えた遊びの知恵だから止めません。子どもたちの発想は本当に豊かで、遊具や砂場などそこにあるものを使って次々と新たな遊びを生み出していく。子どもたちは、雨が降った次の日に地面に穴を掘ると水が湧き出ることを知っているから、みんなで大きな水たまりを作ってパンツ一丁でプールのように飛び込んだりとかね。泥だらけになっても、遊具の使い方が違っていても、子どもたちが自由にいきいき遊んでるので、まぁいいかなって見守っています。だから保護者にはちびくろ保育園に入れたら服も靴も体も泥だらけになるけど覚悟してね、って伝えています。

本当に子どものため?という問いから生まれた自由な園風

ちびくろ保育園では月に1度、保育士たちで勉強する研修日を設けています。私や夫が選んだ本を一緒に読んだり、別の保育園での研修報告を聞いたり、そして、保育園を運営する中で大事なことをその都度みんなで話し合っています。ちびくろ保育園は開園して約半世紀経った今も、規律の必要性を日常的に話し合っています。例えば、昔はピアノを勝手に触っちゃダメって決まり事があったけど、どうして触らせないものを部屋に置いてるんだろうかと考えて。最初は危ないからそうしてたんだけど、いつの間にかその目的を忘れて決まりだけが残っていた。そんな形だけの決まりに対して、本当にそれは子どもたちのためなのか、私たちが工夫をすれば安全性は確保できるんじゃないか、と問いを重ねて不必要な規制はどんどん手放していきました。今は保育士への規制もほとんどしていなくて、子どもたちに真正面から向き合って、責任を持てると思うことなら何をしてもいいことにしています。木登りを教えたり、冬は毎朝、園庭で焚き火をしたり。そうやって、型破りながらも子どもたちひとりひとりをきちんと見て、大事に思う保育士がいるから、木をよじ登る感触を覚えたり、火の熱さを体で感じたり、“本物”を五感で味わう体験をさせてあげられるんです。

自分の生き方を選択できる子どもになって欲しい

ちびくろ保育園では、お昼寝の時間もらいおん組(年長組)だけ起きていて、大人が付き合う「らいおんの分級」という時間があります。5歳になるとお昼寝は必要ないみたいで、みんな寝るのを嫌がるんです。それなら、ちびくろ保育園に関わる全ての大人が、卒園を迎える子どもたちとの最後の時間として、子どもと一緒にやってみたい方法で誠実に向き合う時間にしようと考えたんです。給食調理員や事務員はもちろん、ときには手に職のある保護者にも頼んだりしていて。この時間割を組むのは昔から私の仕事。私は編み物などの工作をすることが多くて、冬の雪遊び遠足の時に身につけるマフラーをコツコツ作ったりしています。普段落ち着きがない子も、編み物をしていたら安心するみたいでお迎えの時間までずっと手離さなかったり。分級は小学校に上がる準備ではなく、たくさんの大人と関わることで、色々な生き方や価値観に触れる時間だと思っています。だから向き合い方も様々でいい。夫は自然が好きだから登山に連れて行くし、近所の銭湯に連れて行く保育士もいる。ある保育士は、虫を潰そうとしている子どもに、命は大事だからと教えて止めるけれど、この子にとって今はそれが必要なことなんだと、虫を潰すのを見守る保育士もいる。わたしはその両方の考え方があっていいと思う。だから子どもたちも、大人が大事にしている価値観に触れて、自分は何を大事にしたいのか、自分の生き方を自由に選択できる子になって欲しいと思っています。