淡路屋 伊藤由紀さん にまつわる4つのこと 和田岬の子どもたちのお姉ちゃんであり続けること

地下鉄海岸線「和田岬」駅から徒歩5分のところにある、レトロな駄菓子屋「淡路屋」。もともとはクレープ専門店としてオープンしましたが、今は昔懐かしい駄菓子やおもちゃがたくさん並び、子どもたちが集まる憩いの場となっています。この店の店主は伊藤由紀さん。子どもたちから「お姉ちゃん」と呼ばれ親しまれる伊藤さんに、生まれ育った町で働く面白さや、人々が集うお店を長く続ける秘訣をお聞きしました。

文:高木晴香 (市民ライター) 写真:岩本順平


いつのまにか駄菓子屋さんになっていた

もともと、この店は祖母、母と受け継がれてきた食堂だったんです。私は生まれも育ちも和田岬なので、小さい時から店を見ていましたが、継ぐ気もなく貿易会社で働いていました。でも、店を引き継いだのは、人と違うことをしたかったから。そこで、和田岬に興味が湧いたんです。このエリア一帯は、三菱重工で有名な町ですが、三菱がないと和田岬のことを知ることがない人もいる。商売をするなら、もっと知名度のある地域でやった方が上手くいくはず。あえて不利な場所で働きたいと思う人いないでしょ?じゃあ、私がやろうと思って。

私が「淡路屋」を継いだのが1994年12月。近くにたくさん会社があるし、女性社員の人たちが来てくれると期待していましたが、なんとはじめに来てくれて、それ以降も常連になったのは近所の子どもたちばかり。クレープ専門店としてオープンしたので、当時は駄菓子に興味はなかったけれど、来てくれる子どもたちに喜んでほしいから駄菓子を置き始めたんです。子どもたちのリクエストに応えながら置ける限りの駄菓子を並べていったら、種類がどんどん増えていきました。ここまで駄菓子の種類が多くあるのは珍しいって言われますけど、私にとってはこれが当たり前なのでどこが他と違うのかもわからないんです。だから、マイペースにこれでやれるところまで続けようと思っています。

先生でも親でもなく、お姉ちゃん

子どもたちは用事がなくても気軽に店に来て、「落ち着く」って言いながら何時間も好き勝手にしゃべって帰ります。まるで子どもの居酒屋です。たまたま居合わせた子たちが一緒に遊んだりもしますよ。下町らしい光景ですよね。

たまに大人が来たら、子どもたちが珍しがって、「どこから来たん?」と話しかけます。5分後には「好きな子いるん?」なんて大人に向かって聞くことも。みんな人懐っこくて。下町らしい店の雰囲気と、この町の子どもたちの相性が良かったんでしょうね。子どもたちのやりとりが面白くて日々見ています。大人にはない発想で、いつも笑わせてくれますね。

継いだ当初は、私もまだ24歳で「お姉ちゃん」と呼ばれていて、24年経った今でも、その名残で今でも子どもたちから「お姉ちゃん」と呼ばれ続けています。先生でも、親でもない、この距離感が私も落ち着きますね。彼らに「俺ら友達やんな」って言われたり、時には言い合いもしたり。そうそう、この前は「将来何になるん?」って聞かれました。淡路屋の店主というよりは、“淡路屋に毎日いる大人”だと思われているみたいです。

和田岬の人と情報が集まる場所

撮影:前畑洋平

和田岬は小さい町で、店同士の仲がいいんです。この前も、私が「キッザニア(※)をやりたい」って提案したら町のパン屋さんや歯医者さんたちが協力してくださって、実際にお店を使って仕事体験をさせてもらいました。しかも、2回目もやりましょうって言ってくださって。皆さん町を活気づけることを前向きに一緒に考えてくれますね。私も、何か面白いことをやるなら喜んで場所を貸しますし、淡路屋にチラシを張っておけば特に宣伝しなくても子どもたちがどんどん広めてくれるんです。

このお店は、近所の情報交換の場にもなっていますね。地図に載ってない穴場や、住んでいないとわからないご近所事情なんかを聞けることが楽しくて。私も、みんなが知らない情報を共有したりして。おすすめのお店とかね。面白くないでしょ、みんなが知っている話を聞いても。もちろん子どもたちも、彼らしか知らない発見を教えてくれます。四葉のクローバーがめっちゃ取れる場所とか。近所の新鮮なニュースをいち早く手に入れることができるのはお店を営む人の特権だと思います。

 

※キッザニア:子どもたちが仕事を体験し対価をもらうことで、楽しみながら社会の仕組みを学ぶことができる世界中で展開されているテーマパーク。

なんでもない日常に笑いを創り出す

何をするにしても「笑い」が軸になっています。私、毎日わざわざ1時間かけてお店の準備と片付けをするんですよ。一生懸命に準備したところで、売り上げが変わるわけでもないのに、20年間ずっと手を抜くことなく続けてる。「誰がそんなことするねん」と笑ってしまうようなことを、あえて自分でやっちゃうんです。自分自身を面白がることが、お店を続ける活力になってる。

お客さんたちの話を聞くのも楽しいです。仕事より、井戸端会議をしている感じ。お客さんも移り変わっていくから退屈することがないんです。私がここまで続けてこられたのも、お店にいることに飽きないからだと思います。昔来てくれていた子たちが自分の子どもを連れてきたり、小学6年生だった子たちが卒業して新しい小学1年生の子たちが入ってきたりして。

これからは自分が変化することも楽しんでいきたいと思います。年を重ね、思うように動けなくなっても、耳が聞こえにくいので大きな声でしゃべってくださいとか、ゆっくり見てくださいって張り紙をするとかね。
お店をやっているというよりは、「淡路屋」という作品を作っている感覚に近いかも。いろんな変化や面白かったことを1日1ページずつ、収めていく。こんなに長く続くと思ってなかったから、ここまで来たらこの先どうなるのか見届けたい。自分の限界がくる日まで「淡路屋」をやり切るって決めてます。