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神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン

シタマチコウベ

Shitamachibudie

vol.19

KNOCKS:BESPOKE/ミサキシューズ|内尾暢志さん にまつわる4つのこと

ものづくりの気配が日常に溶け込むまち、和田岬での靴作り

2019.01.17

地下鉄海岸線和田岬駅の3番出口を東に出てすぐの「KNOCKS:BESPOKE(ノックス ビスポーク)」。ここは靴職人の内尾暢志さんが仲間と共同で構える工房です。近くには潜水艦を作る造船所があり、お昼どきには作業服を着た人たちが行き交う工場町で、内尾さんは足の悩みに合わせた木型からのオーダー靴作りをしています。

文:内橋一惠(市民ライター) 写真:岩本順平

和田岬にふるさとの面影を見る

この町にやってきて15年経ちます。たまたま友達が紹介してくれた物件が和田岬にあって、靴の町長田も近いしいいなと思ってやってきました。もともと物置として使われていたものを、長田区のホームセンター、アグロガーデンに通いながら手作業でゆっくり工房に仕上げました。自由にやらせてくれる大家さんで、隣の物件が空いてからは、一階はショップにして、二階は繋いで工房を拡張しました。越してきてから気が付いたんですが、ここはものづくりをする人にはとても居心地のいい場所です。僕たち職人は納期が迫った時は作業が深夜に及ぶこともあり、音の問題がどうしても出てきます。でも、そのことで苦情を受けたことは一度もない。この町には、ものづくりへの理解や懐の深さなど、ほかにはない魅力があります。これって、僕が育った町、東大阪市郊外の雰囲気に似ているんですよ。家と家の間に工場がある。和田岬にだんだん木工やシルバーアクセサリーの作家など職人が集まっているのは、暮らしとものづくりの距離が近い、この町に魅かれてなんだと思います。少し前に子どもが生まれてからは、工房の外に出ることが増えました。大きな公園があるのも、魅力の一つです。一度は引越しも考えましたが、結局ここが一番気に入ってます。

 

ちょうどいいスケール感のものづくり

最初から靴職人を目指していたわけではありませんでした。建築の学校を出て、設計事務所に2年ほど勤めていました。ただ、建築のスケール感に当時の僕は怖くなってしまったんです。建物は設計から完成までに時間がかかる。ミスがあったら取り戻せない。それでも立体をつくること自体は好きで、自分一人で責任が持てるようなものを探しているうちに、ふと高校時代に靴が好きだったことを思い出したんです。その頃はちょうどエアマックスやエアジョーダンなどが流行ったハイテクスニーカーブームの時代。僕自身も大好きで50足くらい持っていたせいで、「靴屋」なんて呼ばれていました。そんなこともあり、靴でいきたいと決めました。靴の学校選びと並行して、靴のデザインをするには絵も描けないといけないと思って美術学校に行き、夜はバーテンダーのバイトをしました。それもなぜかハードメタルバーで!当時の僕はシブヤ系だったのに(笑)。(編集部注:1990年代に流行したポップカルチャー。「フリッパーズ・ギター」、「ピチカート・ファイヴ」など、音楽シーンから始まったムーブメントは、デザインやファッションなどにも波及した。)そのバーでは結局7年くらい働かせてもらいました。通うことにしたのは「神戸ものづくり職人大学」(2018年閉校)。すでに1期生の募集は終わっていて、次の募集までの3年に、デザインの勉強を続けました。神戸ものづくり職人大学では、3年間かけて婦人靴の作り方を学びます。僕は紳士靴も作りたかったので、在学中から国内外各地の職人の元を訪ねて学び、職人としては珍しく下積みなしに独立しました。

 

ひとりひとりの足と暮らしを支える靴

スイスでは足や指のない人のための靴を作っているアマンさんという職人さんに出会いました。それまで漠然と靴を作る技術の勉強をしていたので、木型ひとつひとつから浮かび上がる生々しい足の存在感や、そのたった一人の誰かのための靴作りを見て、衝撃を受けて。そこから僕の意識が大きく変わり、デザインと履き心地を複合的に見れるようになりましたね。僕はとても平均的な足をしているから、どんな靴でも履けてしまうし、そこまで痛い思いもしたことがない。どんな靴でも足に合わせられるものだと思っていました。だから、足に悩みがある人のことを理解したくて、ヒールの靴を作って履いてみたこともあります。今は大量生産される靴が主流の時代。そうした靴は、専門の木型師さんが研究に研究を重ねた平均的な足の木型をもとに作られています。それはそれで素晴らしい技術で、平均的な足の人は靴の選択肢の幅がとても広いんです。ただ、1つの木型で2万足売らないと元は取れないと言われていて、外反母趾や足の筋肉の弱りなど、この規模での靴づくりではどうしてもこぼれていってしまう足の悩みがあります。例えば外反母趾や扁平足には中底を下から持ち上げるような靴がいいのですが、同時に補正したように見えないデザインの処理が必要。僕は、ひとりひとりの足の悩みに合い、さらにデザインと両立した靴を作りたい。だから、足の筋肉が弱っている人には筋トレの仕方を、妊娠出産育児期などの女性にはヒールの低いゴム底の靴を提案しています。一方で、オーダー靴の現場は、ある種工芸品化していっている面があります。あまりに高級で、日常的に履く靴からはほど遠い。僕の靴は日常使いできる靴でありたい。だから、場合に応じて素材や手法を使い分け、試行錯誤をさせてもらえる機会だと考えて、2足目からようやく利益が出るくらいの、日常使いから離れすぎない値段で販売しています。

 

靴に土地柄あり。そして、神戸の職人コミュニティ

今、「メイキングシングス」という、神戸を中心とした近畿圏の靴職人が集まって他府県で展示会をする団体の副代表を務めています。神戸を離れてみると、それぞれの土地やその気質によって、靴に対する考え方や文化、売れ方が違うのを感じます。例えば、神戸の靴は縫い目が細かければ細かいほどいいという美意識がある。一方で金沢など雪の多い地域では防水性が第一。そうでない靴は候補に入れてもらうこともできません。こうして別の土地に行ってみると、今度は神戸のことがまた違った角度から見えてくる。外に出るたび、神戸には靴を含め、ものづくり全般への理解があるということを強く感じます。
毎日靴を作っているこの工房は、4人の職人でシェアしています。僕の他に、バイク用のブーツ専門の靴職人、人形専門の靴職人、革ジャンの職人。入れ替わりながら、だいたいこのくらいの人数で落ち着いています。一人でやるよりも、情報交換なんかができていいですね。好きな革一つとっても求める機能や視点の違いがわかったりして、刺激を受けます。職人の繋がりは、ライバルだけど同じ志を持つもの同士。それぞれが個性を伸ばして、神戸の業界全体が個性的な遊具でいっぱいの遊園地みたいに盛り上がったらいいなと思ってます。

KNOCKS:BESPOKE/ミサキシューズ|靴職人
内尾暢志さん

設計事務所勤務後、靴作りを志す。神戸ものづくり職人大学の2期生。在学中から和田岬に友人たちと共同の工房「KNOCKS:BESPOKE」をオープン。ここでは昼過ぎまで靴づくりをし、それ以降は元町の「ミサキシューズ」で採寸と販売を行う。第4期神戸ものづくり職人大学での神戸靴科講師、NHK震災関連ドラマ「二十歳と一匹」の靴の制作担当、2016年度NHK朝の連続ドラマ「べっぴんさん」の靴の制作協力、各種ワークショップなど、多方面で活躍。

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