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神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン

シタマチコウベ

山と海と人を結ぶ、ウンガノハタケ

リノベーションされた空き家や空き地に伺ってリポートする不動産コラム。第16弾は、兵庫区材木町の市民農園「ウンガノハタケ」。運河沿いにある緑地の一部を活用して生まれた畑では、地域住民と農家や漁師、建築家が連携しながら都会の中で農のある風景がつくられ、子どもたちの環境学習や地域コミュニティの拠点づくりにもつながっています。今回は、2022年7月に行われたウンガノハタケのお披露目会の模様をお届けします。

街の中に生まれた市民農園

神戸市では「食都神戸」事業の一環として、アーバンファーミング(都市農業)の推進に取り組んでいます。公園や緑地などの市有地を活用し、食べられる果樹や野菜等を育てるエディブルパークのひとつとして兵庫運河沿いの緑地の整備が始まり、2022年3月に「ウンガノハタケ」がオープンしました。管理運営は、神戸市から委託を受けた有限会社Lusieと、地域住民が中心となったグループ「sea change」が共同で行なっています。

オープン時に発足した「sea change園芸部」は、月1回の全体活動で菜園の手入れを行い、月2回の水やり当番をまわしながら野菜やハーブを育てています。各々のタイミングで収穫物を持ち帰れ、生産者から直接レクチャーを受ける機会もあるそう。ただいま、部員募集中とのこと。活動内容が気になる方は、ウンガノハタケのInstagramアカウントをぜひごらんください。

 

土にふれて、海に浮かんで、食べるを考える

お天気に恵まれたイベント会場には、心地いい浜風が吹き抜けます。この日だけ特別に入ることができたビーチでは、子どもたちが「宝さがし」に夢中になっていました。地域の大人や中学生が浜辺に隠したお宝を見つけたら、野菜やちりめん、ジュースがもらえるというもの。

中には楽しそうに浅瀬で浮かびながら、アサリを拾いあげる子どもたちもいました。兵庫運河では2013年から、海の生物多様性向上を目指し、アサリの育成やアマモの移植などのプロジェクトが行われています。海につながる運河でアマモが育ってアサリがたくさん住めば、海がよりきれいで豊かになると考えられています。

たくさん遊んでつかれた子どもたちは、芝生でゴロゴロ。畑で採れた野菜を使ったカレーやしらす丼を味わってのんびり過ごしていると、都市部の屋上を中心に農を試みるプロジェクト「Sky Cultivation」スタッフの押谷衣里子さんによる菜園ツアーが始まりました。

「トゲトゲがある木、これは何でしょう?」

興味津々に付いてくる子どもたちに話しかけながら、時には葉っぱや実を一緒にかじって味や香りを確かめます。レモン、ニンジン、ミント、カレープラント、ローズマリー、パクチー、フェンネル。60個のプランターに植えられた野菜やハーブが次々と紹介されていきます。西陽に照らされた運河のように、子どもたちの目はキラキラと輝いていました。

 

知恵を持ち寄って、海を変えていく

菜園ツアーが終わり、会場の中央で始まったのはトークイベント「ウンガノハタケの1年目」。登壇者は、漁師の糸谷謙一さん(兵庫漁業協同組合・理事)と、建築家の髙橋渓さん(COL.architects/Sky Cultivation)です。大人たちは暑さを避けて日陰で、元気な子どもたちは砂かぶり席でお話を聞きます。

糸谷さんは「兵庫運河の自然を再生するプロジェクト」のメンバーとして、10年ほど前から兵庫運河の環境調査でこの場所によく訪れていました。他業種の人とも出会うなかで、神戸大学名誉教授の保田茂さんから聞いたお話は衝撃的だったそうです。

「先生には『豊かな海を取り戻すには、自分の食生活を見直しなさい』と言われました。裏六甲の農村エリアにある田畑では米をつくることが大地の肥やしになっていて、その栄養分が川を伝って山を超え、海に流れこんで恵みを与えていると、話を聞いて初めて知りました。それから、米を食べることが海に恩恵をもたらす、といった大きな自然の流れを意識するようになったのです。漁師として海を守るだけではなくて、人が集まってそうした自然のサイクルについて学べる場所をここでつくりたいと思って、髙橋さんに相談しました」

髙橋さんがこの場所を初めて訪れたのは、2021年4月のこと。糸谷さんの話を受けて、材木町にある神戸市立浜山小学校の子どもたちとバケツで稲を育てることにしましたが、水はけや鳥害の問題でひと粒も食べられずに1年目は終了。今年は髙橋さんが中心となって、栽培環境の改善に取り組みました。

「糸谷さんのお知り合いから港湾施設でいらなくなったパレットを譲り受けて、それを分解してプランターを製作しました。吸水スポンジを敷いてまわりに防草シートを張ることで保水性を高め、水が少しずつ滴り落ちる仕組みを運営メンバーで考えました。有機栽培の稲は順調に育っていて、子どもたちとの収穫が楽しみです。収穫後のプランターは、コンポストとして土づくりに活用される予定です。土づくりはミミズや魚粉の力を借りますが、海の環境改善にもそうした農業の知恵は活かせるかもしれません。今はアスファルトの上で土を耕しているけど、すぐそばにある海の土もいずれ耕せられたらいいな、と思います」

街のなかで、野菜を育てる。畑にふれながら、海について考える。目の前にあるものが、目には見えないつながりのなかで育まれていることに思いを馳せることができれば、私たちの暮らしと自然環境はともに豊かになっていく。おふたりの話を聞きながら、そう感じました。

ウンガノハタケの活動名「sea change」の直訳は「海を変える」ですが、「180度の好転」という意味もあるそうです。海の環境がこれ以上悪くならないでほしい、という糸谷さんたちの願いが込められた名前です。職種も世代も隔てなく集まって知恵を持ち寄る環境づくりこそが、場にポジティブな変革を与えるリノベーションの秘訣なのかもしれません。

 

お互いの顔が見える、駒ヶ林にあるふたつの市民農園

リノベーションされた空き家や空き地に伺ってリポートする不動産コラム。第15弾は、長田区駒ケ林町の「多文化共生ガーデン」と「おさんぽ畑」。どちらも空き地を活用して生まれた、地域の人のための農園です。まちづくりコンサルタントの角野史和(一級建築士事務所 こと・デザイン)さんと現地で待ち合わせて、ふたつの畑を案内してもらいました。

 

人の居場所をつくる、多文化共生ガーデン

「多文化共生ガーデン」はJR新長田駅から南へ徒歩15分、地下鉄海岸線の駒ヶ林駅から南西へ徒歩5分ほどの場所にあります。阪神・淡路大震災の被害で空地となった約90㎡のスペースを、近隣住民と定住外国人が交流する場として再生し、定住外国人の方々が畑でパクチーや空芯菜などを栽培しています。

この場所は密集市街地にあるために接道条件が満たせず、再建築ができない土地でした。土地の所有者が「草抜きなどの手入れが大変で困っている」と角野さんに相談したところ、同時期に「定住外国人と日本人との有効な関係性作りのために、パクチー畑をつくりたい」という相談を別の方から角野さんが受けていたことから、両者をマッチングするに至りました。現在は近隣に定住するベトナム人コミュニティなどで構成する「多文化共生ガーデン友の会」が運営を担っています。

写真のように開拓前は草が生い茂っていたため、2020年2月に地域住民に参加してもらう「草むしりワークショップ」を開催するなど、見知らぬ定住外国人がよき隣人となるように顔を合わせたコミュニケーションを重ねながら土地を整備していきました。角野さんは土地利用の全体計画と調整の役割を担ったといいます。

「資材を置いたり、作業をしたりする平場と畑とで、スペースを半々に分けました。ベトナム国籍の方々が栽培に携わってくれているのですが、彼らは『そんなに平場をつくるのはもったいない』と言って、漁港に捨てられた釣り竿や網を譲り受け、作業場を覆う形でネットを張ってヘチマを植えています。収穫した野菜やハーブは、近隣の方におすそ分けして交流を深めています。“外国人”というくくりで見られていた彼らが、同じ地域住民として認められる共生プロジェクトとして活動を続けています」

多文化共生ガーデンでは、神戸市の「空き家・空き地維持費用補助事業」と「長田区地域づくり活動助成」を活用しています。前者は、空き地が地域利用のために無償で貸し出しされる場合に維持経費(固定資産税・都市計画税)を上限100万円で補助する制度です。後者は、長田区民が企画する地域づくりのための活動の立ち上げを中心に支援する助成金制度です。

助成金に頼り続けることもむずかしいため、今後は畑での収穫祭の実施や、地域イベントでの出張販売も検討しているそうです。

 

手ぶらで行ける、おさんぽ畑

多文化共生ガーデンから東へ歩いて3分。角野さんが2022年4月から自主事業として始めたレンタル農園「おさんぽ畑」が見えてきました。

「ここは元々、いわゆる“ゴミ屋敷”と呼ばれるような危険家屋が建つ場所でした。介護施設に入所していた持ち主にも納得してもらって解体した後、土地はまだ売りたくないけど管理はできないということで、僕が管理することに。以前から始めたいと考えていた、貸し農園を行うことにしました」

整備にかかった期間は、2022年3月頭からの1ヵ月間。大枠の工事は工務店にお願いしましたが、ベースとなる土づくりは自力で行うことに。土地全体にわたってガラ(コンクリートブロックなどの建設廃材)が埋まっていたため、30cmほど掘りさげてどかす必要がありました。作業は過酷を極め、何か悪いことをしたかと自分を疑う日々だったと言います。

3月中旬に利用募集を始め、20日間ほどで畑の全区画が申し込みで埋まりました。畑について分かりやすく解説されたチラシを角野さんからもらいましたので、皆さんもご覧ください。

おさんぽ畑は、「空き助ながた」という団体が運営しています。「空き助ながた」は、角野さんの「こと・デザイン」と、畑から徒歩3分の場所にあるホームセンター「アグロガーデン神戸駒ヶ林店」と、福祉事業型の職業訓練校「カレッジ・アンコラージュ」で構成されています。

アグロガーデンには広報や資材協力、技術支援、講習会などで協力してもらい、カレッジ・アンコラージュとは土地の整備や草刈りといった面で協働しています。

角野さんが利用者に畑を借りた理由について尋ねてみたところ、「徒歩圏内で気軽に通える距離感がいい」「小さめの区画が絶妙」「汚れずに野菜づくりができるところ」といった声が多かったとのこと。畑で足を汚さないように通路に敷いた砂利と、すぐに手や野菜を洗える流し台は角野さんのこだわりポイントです。区画のサイズ感も含めて、初心者にやさしい畑づくりを目指しました。

ハーブや野菜を組み合わせて育てている人もいれば、お子さんが大好きなトウモロコシだけを植えている人も。整えられた小さな畑に個性がギュッと詰まっています。

おさんぽ畑には公式LINEアカウントがあり、利用者ができた野菜の写真を共有しています。また、「Stripe」というサブスクリプションツールをとおして賃料のクレジット決済をしてもらい、月契約でいつでも解約できる仕組みにしています。

 

 

畑で育まれる、ゆるやかな関係

この日は取材終わりに強い雨が降りましたが、無人販売コーナーの屋根でしばらく雨宿りをしていると止んできました。雨粒できらめく野菜を眺めながら、角野さんは話します。

「おさんぽ畑では、ゆるやかなコミュニケーションが育つことを期待しています。外に出て少し運動したい。子どもに野菜づくりを体験させたい。それぞれの理由で好きなときに畑に来て、たまたま居合わせた隣の人と『ええナスできてますね』って話すくらいでいいんです。まちを歩いて、お互いの顔が見えることが地域にとって大切じゃないかなと思います」

収穫した野菜は無人販売コーナーで販売することができて、多文化共生ガーデンで採れた野菜をここに置くことも考えているそうです。ふたつの空地が畑に生まれ変わることで、土地と土地、人と人が連動し、まちの表情がより豊かに見えるようでした。